企業規模に関係なく差別化と継続した産業競争力で勝ち抜くための経営とデザイン力のバランス感覚が求められています。そこで企業が生き残りを掛けてゆく為に「デザイン経営」という経営手法が注目を浴びています。
デザインとは経営資産であり、企業の想いを伝える媒体です。今回は、経営者が理解すべきデザインと経営の関係を解説していきます。
なぜ今『デザイン経営』が競争力の鍵なのか?
デザイン経営がビジネスの鍵になる背景
今までの日本国内のモノづくりの傾向は、輸入された既存技術の応用や生産性の効率・改善などを中心とした開発を得意としてきた背景があると考えられます。
体験重視の時代における競争優位の作り方
自動車やPCなどのプロダクトは、小型化や低燃費化や生産工程のカンバン方式による生産性の改善などで進化しました。
物資の乏しい戦後から技術立国として復興していく中で、安価で耐久性のある製品開発やアフターサービスの一環したサポート体制を構築しながら国際競争力を十分に発揮してきた経営成果と言えます。
バブル崩壊後の90年代後半以降、インターネットの普及で生活環境が変化しました。先進国では、モノや情報が飽和し、生活者の価値観は消費から体験重視へと移行しました。共感する社会への価値の再定義が進んでいきました。
デザインがもたらす独自性と競争力
仮に同じ価格で機能の商品が並んでいた場合、購入における判断は総合的な提供価値が差別化の要因となります。そこで,国際的に競争力を持つ企業は、提供価値の一貫したデザインを重視してきました。
これは従来の狭義のデザインとは異なります。CI/VI(Corporate Identity/Visual Identityの略)などの企業のアイデンティティを示すブランド要素だけではありません。より広い意味で、サービス全体の設計やユーザーの課題解決を含みます。そして、デザイン経営では、ユーザーを魅了し、継続的な関係を築くことが重要です。
つまり、デザインの役割とは、企業の想いや理念を適格に伝える手段であり空気感として、こころに浸透し過剰競争を避け、ユーザーを魅了する引力です。
このデザイン経営の特徴は、業種・業態に関係なく現代経営に必須の戦略であり、過剰競争を避ける生存術です。
デザイン経営で生まれる企業の新たな可能性
デザイン人材を最大限に活用する方法
デザイン経営の代表例として、AppleやGoogle、また、スターバックスやダイソンがよく挙げられます。それら企業は、コンシューマー向け企業(BtoC)ですが、BtoBなどの法人顧客においても広義のデザイン力が継続的な経営を支える原動に成ることが分かってきました。
ここで経営におけるデザインの具体的な導入方法の課題を見ていきましょう。2018年より経産省や特許庁から競争力の向上のためのデザイン経営の必要性が謳われる中で、経営陣にデザイナーを登用する際の課題が見えて来ました。それは、経営者とデザイナーとの共通言語の確立です。
国内企業の場合、営業や専門・技術系などの出身の経営者が多く、経営とデザインの接点は曖昧と言えました。また、デザインを狭義の装飾としてのみ理解するため、定量的な評価がしづらく感性の話しでしかないと誤解されている傾向が考えられます。
経営者とデザイナーの協業を成功させる秘訣
デザインに関心が少ない経営層にとって、デザイナーへの理解が足りないことも考えられます。逆に、ビジネスプロセスや事業継続などに意識が足りないデザイナーも存在します。
まずは経営側とデザイナーが、対話を通じて信頼構築を図ることが重要です。双方の違いを認識することが第一歩となります。
デザイン経営を実施するにあたり、デザイナーがどのような考えや特性を有するか、事前に把握した上で固定観念を取り除き、デザイン経営を実践するための適切なマインドセットを構築する必要がある
デザイン領域の変化と経営メリット
デザイン領域の広がりと未来の可能性
一般的なグラフィックデザイナーでは、紙媒体などの平面のグラフィックやロゴやCIの制作を扱います。また特定の専門性を有するデザイン領域では、書籍に特化したエディトリアルデザイナー、パッケージなどの立体制作に特化したパッケージデザイナーなども存在します。
90年代後半からデジタル媒体が普及することで、タッチパネル式モニター画面やCD-ROMなどの画面操作のインタラクティブデザインが現れて来ます。
その後にWEBサイトが現れ、UIデザインや音と合わせた映像やモーショングラフィックなどのビジュアルデザインへと派生しました。
実体験からみるデザイン領域の拡張
私のデザイナーとしての経歴は、紙媒体のデザインから開始しました。その後、デジタルデザイン、モーショングラフィック、ブランドコンセプトの策定まで、活動領域を広げていきました。
思い返せば好奇心から、さまざまな分野に挑戦してきました。専門分野のデザイナーの諸先輩には「広くて浅いヤツ」と揶揄されていたと思います。
世の中がデジタルに加速するDX(デジタルトランスフォーメーション)が進むと、グラフィックデザイナーもデザイン領域がアプリなどデジタル領域が拡張する中で、テクノロジーの基本知識が必要になります。

スマートフォンの普及から、UI/UXと言われるモニター上の情報設計から包括的な体験設計(エクスペリエンスデザイン)まで、デザインの領域も拡張していきます。
経営側もICT(情報通信技術:Information and Communication Technology)を中心に、事業戦略やマーケティングの最適化、また、経営資源の調達や管理もデジタル技術が事業経営と深く関わる重要性が増しています。
デザイン領域が広がる中でのビジネスチャンス
このような状況で、デジタル化に困難を感じるデザイナーもいました。デザイナーの職域は、特定の専門分野を深めるスペシャリストとデジタル空間を広く回遊するジェネラリスト的な職種の二極化が進んでいきました。
また新たに、サービスデザイナーやユーザーエクスペリエンスデザイナー(UXデザイナー)などの職種も現れて来ました。
デザイナーにとってデジタル技術の浸透は、課題解決としてのデザイン本来の意味に向かい合う自然回帰とも言えます。
デザイナー本来の特徴とは、根本にある観察力、状況把握力、適切な課題解決能力、情報伝達手段の表現(具象化)能力、情報設計(整理)の能力などが挙げられます。
イノベーション開発や事業開発などで、デザイン思考などが取り上げられるようになると、このデザイナーの能力が、ビジネスで注目されていきます。
従来の慣習にとらわれない自由な発想を持つデザイナーを経営陣に加えることで、不確実な時代を勝ち抜く基盤を築けます。これがデザイン経営の本質です。
こうして、発想力を武器に持つ人材を経営陣に迎え入れることで未来で勝ち残る礎を築くことが、デザイン経営の本質です。
現在のデザイナーに求める素養は、一部の専門領域に特化したクラフトマンとしての能力だけでなく、ビジネスの総合プロデュース力。
次項では、具体的なデザイナーの特性について解説しながら、デザイナーと関係を構築するヒントを見ていきます。
デザイナー特性分析で適材適所の配置
4タイプ分類と適材適所の配置と活用シーン
デザイナーと言っても職種の種類も様々であることは前述してきました。こんどは、特性におけるデザイナーの分類を説明していきます。
大きく分けて、好奇心旺盛に挑戦や実験を繰り返すサイエンティスト型や職人肌の専門性を追求するクラフトマン型に分かれる傾向が見られます。
どちらが優れているというのが重要なのではでなく、デザイナー自身の指向性であり、プロデューサーになるか技能を深く磨くクラフトマンになるかちがいです。さらに、デザイナーの大まかなキャリアパスの事例としての4事象を掲載します。
経営陣の座組に迎える際に、広域な視野を備え新たな挑戦が得意と考えられるサイエンティスト型や探検家型の素養がある方が適任と考えます。
※参考までに以前の記事に記載した4つのデザイナーのタイプの図を掲載します。記事へのリンクも画像に付けておきますので興味あれば、そちらも合わせてご確認ください。

次項では、実際にデザイン経営を実施するにために、経営者が意識すべきポイントについて説明していきます。
経営者が知るべきデザインの可能性
サービスデザインで顧客接点を再構築する
デジタル化により、企業は製品販売からサービス化へと移行し、収益最大化が求められています。サービス全体の設計と顧客時間の占有率向上が、強固な経営基盤構築の鍵です。
ソフトウェアの販売などは、PCにインストールする個別の物理的パッケージ商品からネット環境下で月額で提供する定額制(サブスクリプション方式)サービスが今では一般化していきます。多くのパッケージソフトが、サブスクリプション方式へ移行しました。
この先駆的な企業はBtoB向け営業支援システムを提供していた米国のセールスフォース社やグラフィックソフトのパイオニアであったアドビシステムズなどが挙げられます。
またエンターテイメント産業では、Netflix などの定額動画配信サービスは、映像商品の販売やレンタルビデオの既存市場に大きな影響を与え、放送業界にも変革を迫っています。
広義のデザインにおいて表層的な装飾だけでなくサービスデザインと言われる顧客時間の設計があります。単体の販売方式からライフタイムバリュー(LTV:Life Time Value)と言われる生涯顧客価値の最大化を目指し、継続利用による安定した収益獲得が狙いです。既存事業を軸に顧客接点の上流からその後の下流までを見据えて提供するサービス全体を再構築(リデザイン)する考えと言えます。
時代の変化に対応するための組織の在り方
中小企業にとって、サービスデザインの導入は他の問題解決に比べて緊急性を感じにくい課題です。特に経営層は、営業力や収益強化などの数値的な改善計画に偏りがちです。
しかし、技術的問題の新たな解決策でなく変貌する時流へ適応するには、組織や事業の理想を再定義する視点が必要です。それは経営者の内面から外に向けてのビジョンの再定義でもあります。
そのときに気をつけることは、自社を中心に考えるのでなく社会全体との関係性の中でどう進化させていくべきかを問いただしていくことが重要になります。
事業成長のためのビジョン再定義
経営者が社会の変化の中でどの様な方向に歩むべきかを既存事業の継続や新規事業の開発、そして最も重要な何を廃止していくかを問いながら新たなビジョンを思い描いていくことが重要になります。ビジョンの再定義には、アート思考を取り入れることで、社会への新たな問いを立てることができます。

経営者がトップダウンで行うのが理想ではありますが、ボトムアップ・アプローチで実施されても経営者がアート思考などの概念を理解ていおく必要があります。なぜなら、デザイン経営の基盤となる思想でもあるからです。
事業のビジョンを再定義したら、今度はビジネスを再構築するために可視化を促す探索作業(ビジュアル・クエスト)をデザイナーを含めて具体的な形にしていきます。これは映画に例えるならば映画プロデューサーが筋書きであるプロットを脚本家と磨き上げ、映画監督が映像化する共同作業とも言えます。
ここでありがちな過ちは、デザイナーに丸投げしてしまうことです。経営者も対話を重ね、積極的な意見交換をすることで、ビジョンを概念(アイデア)から強靱で齟齬のない具現的なビジュアルへと昇華させます。
千利休のように経営者が全てのしつらえを整えるための美的感性は必ずしも必要ありません。何故ならデザイナーという参謀が側近にいたとすれば課題を咀嚼し翻訳する業務が彼らの業務であるからです。
よってビジョンの言語化を経営者が行い、その考えを具現化しビジュアルとして「ビジネスのしつらえ」(=世界観)を整えるのがクリエーターであるデザイナーの役割となります。
経営者がデザインに期待すべきことは、デザイナーと一緒に経営者の抽象的なビジョンを具現化したビジョンとして適切に外部と内部に伝播して、共感を拡げて盤石な競争力を構築することです。
経営ビジョンの可視化で生まれる効果
個のフィルターを通した新市場の再定義
ここで、茶道のもたらした変革の例を挙げます。その昔、高価な茶器などを楽しむ一部のすきものの娯楽として茶の湯を流行らせた武野紹鴎(たけのじょうおう)から、戦国時代に千利休によって侘び茶を禅宗の精神性に立ち返り人間と向き合う寄り合いの精神で一服の茶を通した体験に昇華させて大成させた歴史があります。
それは戦乱という不安定な時代背景と合致し、戦国大名の間で人気を博したと言われています。さらに、茶器や茶室、露地の庭、料理に至まで目に映る全てを「しつらえ」としてその世界観をも千利休がプロデュースし、“利休好み”なるスタイルの茶器までブランド化しました。
また、利休の想いは、「利休七則」 として茶の湯のスタイルを明文化して伝承されていきます。
ここでのポイントは、既存のルールの中で個の視点が新たな方向性を思い描き、その実現において言語化された利休七則(ビジョン)とそれを具現化した利休好み(ビジュアル)デザインにより人々に伝播され共感を得やすくした仕組みが相成ったと考えます。この「ビジョン」と「ビジュアル」のバランス関係が変革の時代で経営が生き抜くための重要な手がかりとなります。
過去に新規事業に関わった時でその後に事業が上手く軌道に乗らない場合の多くは、経営者からのビジョンが不明瞭でV字回復の数値のみのかけ声でボトムアップ式に事業開発が進められるケースでした。
現場では様々なアイデアを出そうとするも定量的な視点で判断を下される中、一旦スモールスタートで内部事例を作りに行こうとしても組織全体の旗印が弱い故に結果として孤軍化して力尽きる例がありました。
組織としてどう成りたいかというビジョンを掛け声で終わらせないために、目に見える形でビジュアル化を施して確立することで可視化された企業の可能性(信頼像)として映り共感を生み出すきっかけとなります。特に組織内部に向けた仕組みとして内部ブランディング用の冊子などを用いて啓蒙をする方法もあります。
有名なものでは、外資系ホテルのリッカールトンが顧客と従業員の満足度を高めるための企業価値(Value)を高める行動指針をまとめたクレド(Credo)などは書籍や講演でも目にし、国内企業でも楽天やニチレイフーズなどの導入例があります。
このビジョン作成時は、まだ抽象的なステージになりますが、デザイナーを参画させることでその後のビジョンを具現化させながら理解を容易にさせていきます。
それが前述している経営者の翻訳者としてデザイナーの役割でありデザイン経営の特徴です。ビジョンを正しい方向(可能性)を映し出す鏡がビジュアルの役割と言えます。
まとめ
定量と定性の2軸による経営戦略
企業において組織の理念、理想の姿、そして提供価値をミッション・ビジョン・バリュー(MVV)として言語化して掲げ組織力の構築と対外的な訴求とすることの重要性は広く認知されてきました。
しかし、ビジュアルによる企業の想いの伝達や企業人格の可視化の必要性においては、企業規模に関わらず国内では特に経営層の理解が必要であることはデザイン経営の宣言が政府から謳われて月日だけが経つ状況からも窺えます。
その原因の一つとして考えられるのは、技術問題や生産性の改善などの定量的な視点が経営の中心となる企業の在り方です。更にインターネットが普及し知識のネットワーク化が進む中で技術もオープン化し技術のライフサイクルも短くなる中、新たな技術や事業改善だけを進めては先の見えないドッグレースの様相と言えます。
その中で共感や感性が経営に必要と言われる現代では定性的な観点でも事業を見つめ直す必要があると言えます。従来の数値分析の定量とビジョンなどのメッセージを伝えるビジュアルなどの定性的なアプローチで経営の適応力を高めるのが真のデザイン経営の狙いと言えます。
今こそ事業のビジョンを再構築し、人々が納得し満足するサービスを提供するために体験設計(UX)という統括的デザインの仕組みに目を向け共感と言う定性的な質を高めて競り抜くために定量的と定性的の2軸視点による経営戦略が重要だと言えます。それが、デザイン経営の本質でもあると考えます。
- 時代背景として消費文化から共感する社会へ価値が再定義されている
- 目まぐるしく変革する技術問題への対応だけでは過剰競争に巻き込まれ競争力を維持することは困難となる
- デザインとは、過剰競争を避けながら顧客を魅了する引力であり経営資源である
- デザインの具象化させて伝達する機能を経営に活用することで社会の共感を拡げ盤石な競争力を生み出す
- 経営に広義の課題解決のためのデザインを取り入れることで企業の「ビジョン」と「ビジュアル」のバランス再構築による競争力を整える経営戦略
- デザイン経営は、従来の利益などの定量的数値と共感などの定性の2軸のバランスを保った視点で経営を進めることで経営の適応力を磨く
参考情報
- 経済産業省:デザイン経営宣言(PDF形式: 2.9MB) 閲覧日:2020年12月6日
- 経営産業省:ビジネスパーソンに向けた、デザイン経営の事例集をとりまとめました 閲覧日:2020年11月24日
- 特許庁:特許庁はデザイン経営を推進しています 閲覧日:2020年12月6日
- 日経XTREND 「デザイン経営、成功と失敗の分岐点」 閲覧日:2021年5月6日
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