アート思考とは:社会に対する新たな問いを立てる方法

Eugène Delacroix, 1852, “Study for Marphise and the Mistress of Pinabel”, The Art Institute of Chicago. (CC0)
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デザイン思考と同じく、アート思考もいろいろな定義や解釈は見受けられます。また”アート”という言葉の響きがひとによっては違和感などを感じる方もいるかもしれません。ビジネスの文脈で鑑みる場合、一言で説明するとアーティストが作品を生み出す視点やプロセスを利用し社会に対する新たな意味や価値を事業に生み出す発想法です。安心してください。「絵心」なる物は、必要ありません。

目次

様々な視点による自由な物の捉えかた

基礎デッサンにおける視点の学び

アメリカの大学の芸術学部でアートを学んでいた1年目、デッサンの基本技法を学ぶ授業に参加しました。そのクラスでは、部屋の真ん中に対象の石像を置き、それを取り囲むように生徒はイーゼルを配置します。時間制限は3分間。

おのおのでデッサンを行い、時間が来ると教授の合図とともに、描きかけの絵はそこに残したまま、時計回りに隣のイーゼルに移動します。そして、他の生徒が書いた絵を今度は観察し、自分の思うままに上書きしていきます。

これを何回も繰り返していくと、何が書かれているか分からなくなるほど、ドローイングペーパーは、様々な描写で塗りつぶされていいきます。興味深いのは、同じ物を見据えていても、それぞれに多様な視点で繰り広げられている事がイーゼルを移動するたびに感じ取れることでした。

「彼は、この部分をすごく注視していたんだ」、「もっと、ここに影を描く必要があるのではないか?」。他人が下した判断/表現を確認しながら、自分の目で物を捉え直すことで、段々と自身の観察力が研ぎ澄まされる印象になりました。それは、他人の“眼”を借りつつ、自分自身で深い洞察に到達するための問いかけ(=観察)を繰り返す行為でした。

マルチアングルで物を捉える多様な視点

同じ角度から同じものを見ていても、多様な捉え方=視点が存在し、そのことに気付きつつ自分の物の見方を調整するための訓練でした。短い時間で何度も観察とデッサンを繰り返すさまは、思考と生産(アウトプット)の反復横跳びを繰り返すような基礎訓練でした。授業を終えた後は、最初はかなり頭が疲弊した記憶が蘇ります。

「正解を見つける」から「問いを創る」ゲームチェンジャー時代

不透明な時代でありきたりな従来の答えが「正解」とはならない現代。新たなテクノロジーの出現やコロナ禍による旧慣習の崩壊や生活変容で、今、必要とされるのが独自の発想力。そこでは「何をどのように変えるか」だけでなく、「なぜ変えるのか」という意味を創出することも重要になります。

アーティストの視点を活用

その様なゲームチェンジャー時代に、私たちは、旧来の慣習下や他国のルール下で生きるか、新たなルールを創出し人生を楽しむのか問われているのかもしれません。

その中で、従来の論理的思考や問題解決の発想とは異なる、新たな価値であり意味を生み出すアート思考という問いを生みそこに新たな解釈を見出すアーティストの視点を活用した発想法(視点変換やコンセプトなど)がイノベーション開発などビジネスシーンで注目されてきました。

アート思考の一般的な説明として、“アーティストが制作活動を行うプロセスを活用した思考方法”という解釈を目にしますが、もう少し理解を深める為に補足として“アーティスト的視点”という表現が適切であると実感しています。

ではアーティスト的視点とはどうのようなことか、イタリア ミラノ工科大学ロベルト・ベルガンディ教授の「突破するデザイン」(日経BP社)の文章が代弁していると考えます。

私たちは、自分が見ているものを解釈する必要がある。それは自分にしかできない。新しい解釈は他者から借りてくることはできない。(中略) 良い意味か悪い意味かについては自分で判断するしかない。

引用元:ロベルト・ベルガンディ「突破するデザイン」(日経BP社)  
“第四章 内から外へのイノベーション 贈り物をつくる”より

この書籍で著者はアート思考のことを直接的に説明ている訳ではありません。競争優位ある”意味のイノベーション“から新たな価値を生み出す時に、アイデアを発想する側が新たな解釈を提示する重要性を説いている文脈になります。この文章が”アーティストの視点”を代弁する解釈と重なり、アート思考の理解を促すために引用しています。

デザイン思考との違いや共通点

主観と客観の視点比重

イノベーション開発をアート思考とデザイン思考の関係性で「意味のイノベーション」と「問題解決のイノベーション」の構造化を表した図
意味創造のイノベーションと問題解決のイノベーションにおいてアート思考とデザイン思考の活用領域とその他の補完する思考法の構造化の図例

よく目にする定義として、アート思考0から1を創出するツール創造プロセスデザイン思考=1から10、100など改良・飛躍させるツール(発展プロセスという解釈があります。それも一理あるかもしれません。

ファインアートを大学で学び、仕事ではグラフィックデザイナーから業務改善コンサルタントとしても実務をこなして来た経験より、シンプルに2つの思考を定義すれば主観性と客観性の比重の違いにあると考えます。

それは自身の感性や哲学を軸に社会へ新らたな価値を生み出す主観的視点を重視したアート思考と、真の課題設定を施しその解決をするために共感という客観的視点を軸に問題を解決するデザイン思考の特徴の違いがあると考えます。

単にアート思考=主観性デザイン思考=客観性という単純な構造ではありません。例えばデザイン思考も客観的な観察で得た問題点に対して、アイデエーションなどのアイデア創出時にはそれをどのように意味付けしてアイデアに繋げるかは主観的判断が働くからです。

アート思考も新たな疑問から問いを点てて具現化する時には、客観的な視点でアイデアを検証することでより強靱で実現性ある発想に仕上がります。その意味で2つの思考法は、客観性と主観性の比重の違いと考えます。(2021年3月17日追記)

前述したようにデッサンは、見る視点を変えることで構図が変わり印象も変化します。これは物の捉え方で解釈が変容することと言えます。アート思考のセミナーなどでは、簡易デッサンを取り入れ自分の見える世界に対する固定概念に気づかせる内容を盛り込んでいたりします。

自分が見ている世界は他の視点から見ると解釈は異なることは理解しても、「でも、デッサンの基本は、目に見える物を忠実に再現する客観的視点が重要ではないの?」と指摘をする方も居るかと思います。ここで一旦、アートの役割と歴史を簡単に振り返ってみます。

アートの役割と歴史的な変移

中世期頃までの西欧において、アーティストの描く題材は主に神話や宗教などがテーマが中心でした。それは、識字率のまだ低い頃に、聖書などの物語を写実的にビジュアルで伝えるため教会などから依頼が多かったからです。

16世紀以降にはプロテスタントによる偶像崇拝を禁止する宗教改革がおこり歴史画などは一部、流行から外れていきました。宗教画が制作の中心であった画家達は、大富豪などのパトロンも私邸を飾る装飾絵画や肖像画などを制作していきます。

大きな変換が起きたのは、19世紀初頭にカメラが発明されたことで、精緻な技法で美しく模写するアーティストの存在意義が問われだしました。そうした背景の中、大衆までに写真が普及する20世紀初頭頃には、芸術家の自由な表現が開花して行きます。

近代美術以降において、印象派、キュービスムなど、個性豊かな表現手法が生まれました。言葉を換えれば主観的に考え新たな問いを立てながら、アーティストの独自の視点と自由な解釈で行われる創作活動が育まれていきました。これが、今日の近代・現代アーティストに対する「自由な発想」を有する職業というイメージが確立された背景です。

ビジネスの文脈におけるデザイン思考とアート思考の違い

問題解決と哲学的探求

デザイナーは、課題解決の観点より利用者や取り巻く環境を考慮しながら客観的視点に比重を置く問題の解決者とここでは定義します。それに対してアーティストは近代美術史以降、対象物を「どう解釈する」という手法だけでない内面から湧き上がる主観的視点に比重を持ち、更に現代アートでは社会に対して新たな問いを創り出す哲学者のような存在と言えます。

デザイン思考とは”の記事でも解説しましたが、「解決すべき課題」を如何にして発見するか(HOW)という解決手法に注力し客観的視点に比重を置く姿勢がデザイン思考とすると、新たな問題提起を自己の内面より見出す(WHY)ための哲学的な主観の探索がアート思考が主な違いと言えます。

内発と外発の発想

またデザイン思考が他者との対話を中心とする外発的発想であるとすれば、アート思考は社会に対して自分との対話を中心とした内発的な発想が中心となります。その意味では経営者の置かれる立場とアート思考は親和性があると言われる所以でもあります。

更に新たな事業開発などに利用する場合、デザイン思考アート思考と合わせることでビジョンの策定からアイデア創造や具体的に想定される施策上の課題解決までを整理することも可能です。

つまりビジョンやコンセプトなどのビジネスの起点をアート思考で掘り起こし、デザイン思考で想定される課題設定から具体的なソリューションを構築する一連のビジネス開発の流れにも利用は可能です。

デザイン思考との共通点

どちらにも共通する事は、思考を繰り返すことで固定概念や「あたりまえ」という既成概念の壁を越えて創造性を養う下地を整えられます。繰り返しになりますがアート思考とデザイン思考は二律背反でなく、新たな世界を創造しつつ現実の課題にも目配りが可能になる遠近両用レンズの役割と言えます。

共通点1:客観と主観のバランスある視点

何かしらの成果物=アウトプットを創出するために、観察力深い洞察力、そして形作る表現力は共通して必要とされる能力です。特に観察においては複数の角度からの対象を見据えるマルチアングル(複眼で捉える)という手法は、アーティストもデザイナーにも共通した技能です。

観察力に関して見ると、ピカソも幼少期の自画像など精緻な描写でテクニックを早い時期から取得していたのが窺えますが、模写は表現者としての基本技能であり忠実な再現力は繊細で客観的な観察力から生まれるとも言えます。

ただし、客観性だけで主観性を欠いた表現では香りのない花のように見る者には物足りなさを感じるでしょう。重要なのは、客観と主観のバランスでアイデアをビジネスにおける実現性や実行可能性を高めた形に成形します。

共通点2:「守破離」で一つの型として取り込む (2021年6月1日改定)

「守破離」とは、基本の型を学びゆく中、基礎が身に付いて来たら一旦、新たな知見を取り入れて新たな視点も取り入れて技術や知識を深化させて最後に独自の様式に発展させる流れで、古来の芸能や武道における師弟関係から技術を取得する表現です。

基本となる土台の部分は、アート思考もデザイン思考も基本のプロセスが存在します。その流れの本質を理解し実践できるようになるステージが「守」とするならば、その他の考えを交えて自分用にカスタマイズするステージを「破」と考えます。

例えばアート思考であればクリティカル思考、デザイン思考であればロジカル思考など対峙する発想法を掛け合わして、アート思考とデザイン思考を両方ともに新規事業のビジョン策定から具体的な施策の制定までに利用することも可能です。そのような応用を繰り返す結果、自分のスタイルとなる独自の型へ進化させるステージが「離」となります。

アート思考もデザイン思考も万能な剣ではありません。マニュアル人間のように型やプロセスだけにこだわり過ぎて、想定外の状況に対して適応不可能となる”知のジレンマ”を引き起こすことは本末転倒とも言えます。

知識を実践し更なる未知の課題解決や新たなアイデアを生み出し状況に適応できる状態を保てることが重要です。それにより発想力は無限の可能性を創出できると信じます。

アート思考もデザイン思考も基本の概念を理解し、一つの発想手段として実践で活用を繰り返す中で手法を身につけながら独自のスタイルへ昇華する意識も重要です。それにより手段の目的化という、学習における失敗を未然に防ぐと考えます。

アート思考の3要素

思考の海原を航海するための3つのプロセス

アート思考を構成する基本のプロセスを掲載します。

観察力:Observe

多角的かつ既成概念に囚われない自由な視点で、「ものの見方」の焦点を自在に変化させる探究心。

洞察力:Insight

目に見える表面の物事を捉えるだけで無く、観察を基本としたその周囲にある文脈や背景を読み解く読解力。

具現化:Visualization

抽象化したアイデアやコンセプトを言語や形などの目に見える形にする表現力。

表現というアウトプットという果実に対し、幹となる探究心から湧き出る観察やその下層の大地に根を張りめぐらせる興味・感情をベースにした哲学が支える発想の構造となります。繰り返しになりますが、ものの捉え方でそれぞれに異なる印象が生まれます。

アート思考とは、丁寧な観察力で「見方や捉え方」を問いただし鋭い洞察力により新たな問題提起とそれをどう意味付けするか「形成手法」を養う発想法とも言い換えられます。

更には、社会に対する問題意識をベースに「内から外」に向かう強い意志や情熱が、一見、関連性のなさそうな物事を結びつけアーティスト的視点のフォルターを通過して斬新なアイデアを形成していくのです。

このような不透明な時代の経営に必要となるのは、創造性を生み出すための強い信念をベースに独自の視点による意味の創造=新たな価値提供です。不確かな事業の大海をタフに航海するため、この3要素を活用し新たな価値創造に繋げることが事業継続の鍵と言えます。

また経営者もアーティストと同様に、意思決定や判断を個で行う局面は同様とも考えます。アーテイスは鋭い感性で時代を察するアンテナとしての感度を有しています。

今日、アート思考がビジネスで注目されている背景には、モダン経営において定量分析や論理的思考だけでない時代を読む高い感度や感性が求められているからだと考えます。

まとめ

不透明な時代にビジネスの適応力を高めるアート思考

内面から湧き上がる主観的視点に比重を置きながらも、観察や洞察を含め客観的、かつ理論的な視点も活用し「ものの見方」を研ぎ澄まし自信の社会に対する新たな問いかけやビジョンを捻出し形成する発想の技術、それがアート思考という発想法です。

このような言い方をしても、「やはり、アートと言われると絵心的なものが無いから難しいのでは…」などと振り出しに戻ってしまう方も居るかもしれませんが安心してください。

誰でも知識と意識を整えていけば身につく「技術」であり、単なる「絵心」とは異なります。それは特殊能力ではなく、自問を繰り返しながら発想を導き形成するプロセスであります。

アートとは、自分の心が感じる様であり決まりの無い多様な発想手段です。旧来の論理や数値、効率性だけを見てきたビジネスの世界を新たな角度で見つめ直す、それがアーティスト的視点を借用した発想法でありビジネスにおいて斬新な意味や価値を描き出す創造力でもあります。

この新たな視点を経営要素の加える目的は、複雑で急激な変化が迫る中でも多様かつ冗長性による適応力を生みだし、危機を乗り切ることができる回復力(レジリエンス)を実装することです。最後に、進化論において東北大学、進化生物学の千葉 聡教授の言葉を引用して本稿を締めます。

常に変化する環境に適応し易い生物の性質とは、非効率で無駄が多いことなのである。これはたとえば、行き過ぎた効率化のため冗長性が失われた社会が、予期せぬ災害や疫病流行に対応できないことと似ている。

誰もが知っているダーウィンの名言は、進化論の誤解から生じた!変化に対応した生物が生き残るのではない” 
東北大学教授 千葉 聡
出典:講談社ブルーバックスWEB
まとめ:【アート思考とは】
  • 社会に対する問題意識を中心に斬新な意味を世の中に創出する発想の技術
  • ビジョンやコンセプトなどのビジネスの起点をアート思考による内面から社会に対する問いで掘り起こす
  • 「ものの見方や捉え方」を研ぎ澄ます発想
  • アート思考とデザイン思考の両輪で新たなビジネス価値を形成
  • 自問を繰り返しアウトプットしながらアイデアを形するアーティストの制作プロセス
  • ビジネスを新たな視点で見つめ直し斬新な意味創造を促す

参考文献

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