アート思考でビジネスに独創的な発想を創出するために

アイキャッチ画像|"アート思考”とは社会に対する新たな問いを立てる方法
Eugène Delacroix, 1852, “Study for Marphise and the Mistress of Pinabel”, The Art Institute of Chicago. (CC0)

そもそも「アート思考」とは、アーティストが作品を生み出す独創的な着想や思考プロセスをビジネスに応用して社会に新たな価値を再発見したり創造を促すための思考技術であり誰もが身につけられる発想法です。

今回は、改めて「アート思考」を解説していいきます。ご安心下さい、「絵心」なる物は無用です。キーワードは、洞察を深め自問を繰り返す「哲学的自己対話」です。

2022年2月28日『アーティストの着想から学ぶ「俯瞰する力」』追記

2022年2月24日『「SEDAモデル」から提供価値を整理する』追記

目次

なぜ「アート思考」がビジネスで求められているか

「アート思考」という言葉に、ビジネスシーンでは違和感や敬遠してしまう方も未だに居るかもしれません。特に文系・理系に分けて大学進学を目的とする日本の高等教育以降の修学環境では、”アート”は学びの対象と捉えるのではなく一部の人間の趣味嗜好と捉える方もいるかもしれません。

まず始めに、現在におけるアート思考に求められる役割を整理していきます。

揺るがない動機の再構築と価値の再解釈

新たなテクノロジーの出現やコロナ禍による旧慣習の崩壊や生活様式の変容では、従来の正解を導く思考方法だけでなく独自の視点による発想力で現状の提供価値を問い直す能力が必要とされます。

また市場のダイナミックで予測不可能な環境下では、外発的判断では目まぐるしく変化する環境では決定事項が後手に回る可能性が強くなりがちです。内発的発想による先を見通す慧眼(けいがん/えげん)などで、新たな経営の方針や判断基準を再構築することは必須な状況と言えます。

「新たな問い」からはじまる価値創造

最新テクノロジーやITの浸透がビジネス慣習を大きく変化させるゲームチェンジャーな時代で、私たちは他国の企業が築いたルール下で競争優位を失う時代が続いてきました。

かつて工業化社会を牽引してきた”モノづくり”の日本の優位性は、”無形の経験価値”である製品からサービスへと変化しました。その中で、既存事業と新事業の「両利き経営」のビジネスモデルが大企業などでイノベーションモデルとして試行錯誤されてきました。

そこでは、従来の論理的思考や合理的判断だけでは超えられない現状を創造性や新たな問題提起による提供価値を紡ぐために「アート思考」が注目されてきました。

それは独創的な視点と深い洞察力で事業ビジョンの見直しや事業動機となるパーパス経営による事業概念の再構築、そして、イノベーション開発など旧来のビジネス慣習に囚われないための自己対話による思考の精錬と言えます。

ここで重要になるのが創造性を生み出す新たな視点であり、「新たな問い」が既存価値の再定義を導いていくことです。

アート思考の役割と目的

アーティスト的な視点」とは

アート思考を解説する上で、「アーティスト的な視点」を利用するという表現を目にします。アート思考の「役割と目的」を深く理解するためにもデッサンの授業を受けた実体験から具体的な例なども挙げて、まずは「アーティスト的視点」を説明していきます。

デッサンに学ぶ「問いを立てる」ための視点

米国留学中に大学でデッサンの基本技法を学ぶ授業で、部屋の真ん中に石像を置き取り囲むようにイーゼルを配置して時間を設けて行うクラスがありました。制限時間は、3分間。

各自でデッサンを行い、教授の合図で描きかけの絵はそこに残したまま時計回りに隣のイーゼルに移動します。そして他の生徒が書いた絵を今度は観察し、自分の思うままに上書きしていきます。

これを何回も繰り返していくと、何が書かれているか分からなくなるほどドローイングペーパーはさまざまな描写で塗り潰されていきます。

興味深いのは、同じ対象を同じ位置から見ていてもそれぞれに多様な視点で描写を繰り広げられている事がイーゼルを移動するたびに感じ取れることでした。

他人が下した判断を確認しながら再度、自分でも対象を新たに観察を続けることで多様な捉え方や解釈があることに気づかされます。それは、多様な視点によるさまざまな解釈の存在と、自分自身の深い「問いかけ」を繰り返す行為から導かれる洞察を見い出す訓練でもありました。

同じ角度で同じ対象を見ていても多様な捉え方=視点が存在し、自分の物の見方を確認するために短時間で何度もデッサンの修正をすることは、自己対話による観察(インプット)と生産(アウトプット)の反復横跳びを繰り返すような感覚で最初はかなり頭が疲弊した記憶が蘇ります。

自己対話による自由な着想を導く役割

デッサンという行為は、個人が模写する対象と向き合い様々な視点で「問い」を繰り返す自己対話の時間でもあり、認知力や観察力を研ぎ澄まして思考を鍛錬しながら内観的な “自問する”アプローチがアーテスト的視点の特徴であり、役割と言えます。

また、自己の内面から湧き上がる問いを立てることで新たな着想のヒントが導かれる一面があります。それは、対象への関心から「何故だろう?」と疑問や懐疑心など知的好奇心の眼差しを繰り返し向けることで自身の固定概念を超えて自由な着想で物事を捉え直す思考のストレッチの役割でもあります。

多様な視点で観察を行い内面から湧き上がる「問い」で深い洞察へたどり着く行為が「アーティスト的な視点」の役割

新たな課題や価値を発見する目的

アーティスト的視点」を更に理解を深めるために、イタリア ミラノ工科大学ロベルト・ベルガンディ教授の著書「突破するデザイン(日経BP社)の一文を引用します。

私たちは、自分が見ているものを解釈する必要がある。それは自分にしかできない。新しい解釈は他者から借りてくることはできない。(中略) 良い意味か悪い意味かについては自分で判断するしかない。

引用元:ロベルト・ベルガンディ「突破するデザイン」(日経BP社)  
“第四章 内から外へのイノベーション 贈り物をつくる”より

既存の問題に対しロジカルに対処する「問題解決のイノベーション」に対し、コピーされがたい持続性ある競争優位を生み出す「意味(=新たな概念)のイノベーション」こそが現代のゲームチェンジャー時代には重要であることを説いています。

そのためにアーティスト的視点の「自己対話による問い」で、ビジネスにおいて新たな課題を発見し価値創造を導くことがアーティスト的視点の目的と捉えます。

国内では、経営学者である延岡健太郎氏(元一橋大学イノベーション研究センター長で現在は大阪大学大学院教授)の提唱する「SEDA (Sience, Enginnering, Design, Art)モデル」で統合的価値の枠組みにより、モノづくりにおいて、ScienceとEnginneringに傾倒した機能的価値(≒プロダクトアウト)からArtとDesignを組み入れた意味的価値(≒感性マーケティング)の必要性を説いています。

※本記事内の中盤、「デザイン思考との関係性」の章で『「SEDAモデル」から整理する提供すべき価値全容』の詳細を解説しています。

アーティストの持つ「俯瞰力」と「批評性」

発想の転換を導く特性

また、アーティストとして制作活動を行うにあたって視野を拡張する「俯瞰力」は重要な資質と言えます。欧州における美術史では、宗教画や歴史画の請負職人(クラフトマン)から19世紀後半までに表現者として画家(アーティスト)へと発展していきました。

特に写実主義に続く印象派のモネやルノアール、スーラーなど近代アートの画家は、光彩の表現や絵画の題材に取り上げてこなかった一般市民の生活を描写する新たな芸術様式を探求し続けました。

彼らは、時にはキャンパスに油絵具を混ぜずに塗り付け離れて鑑賞することで閲覧者の脳内で色が混ざり合いイメージを形成する新たな表現技法を生み出しました。それは写真とは異なる光を描く視覚手法であり現実を再解釈する俯瞰した視点による発想と言えます。

この後の西洋美術は、前時代の否定や革新によって表現を再構築しながら現代アートへと進化していきます。その中でもピカソは、技術力だけで競争せずにアート界を俯瞰しつつ独自の視点でもある「批評性」でアートの意味を再定義しました。

髙橋芳郎著『アートに学ぶ6つのビジネス法則』で、ピカソは作品がどう見られるかよりもアーティストの存在意義として創作活動が特質した画家と評しています。

ピカソは作品を制作するにあたり「鑑賞者が絵を見てどのように感じるか」ではなく、「画家が作品を制作するときのコンセプト(概念)こそが優先されるべきだ」と考えました。そのような発想の転換があって、キュビスムという絵画表現形式が生まれたのです。このピカソが始めた「アートには画家の制作動機や概念こそが重要」という考え方は、その後の現代美術へと受け継がれ発展していきます。

引用元:髙橋 芳郎 「アートに学ぶ6つの「ビジネス法則」: 銀座の画廊オーナーが語る」(サンライズパブリッシング)  

これはまさに「アーティストの視点」の解説と言えます。また、現代の経営におけるパーパス経営 における何を生業と選択するかだけではなく、組織の存在意義を再考する取り組みにも類似した視点でもあります。

「俯瞰力」や「批評性」など、独自の視点で新たな課題や価値を発見することが「アーティスト的な視点」の目的

「アート思考」と「デザイン思考」の違い

ここからは、「デザイン思考」との違いや関係性などを整理して理解を深めていきます。アート思考とデザイン思考には、以下2点の異なる特徴が存在します。

イノベーション開発におけるデザイン思考とアート思考の関係性
「意味創造のイノベーション」におけるアート思考とデザイン思考の関係

1. 「主観」と「客観」による着想の比重

よく目にするアート思考とデザイン思考の違いについて、「アート思考」=0から1を創出するツール創造プロセス、「デザイン思考」=1から10、100など改良・飛躍させるツール(発展プロセスという解釈があります。これも一理あるかもしれません。

ここは敢えてシンプルに2つの思考を定義すれば、主観性と客観性の起点の違いにあると考えます。それは自身の感性や哲学を軸に社会へ新らたな価値を生み出す主観的視点を重視したアート思考と、真の課題設定を施しその解決をするために共感という客観的視点を軸に問題を解決するデザイン思考の特徴の違いがあると考えるからです。

勿論、アート思考」=主観性デザイン思考」=客観性という単純な構造ではありません。例えば、デザイン思考も客観的な観察で得た問題点に対して、アイデエーションなどのアイデア創出時にはどのように意味付けを施してアイデアに繋げるかは主観的判断が働くからです。

あくまで発想の起点の違いとして、個人の意志(主観)=アート思考対象の他者への共感(客観)=デザイン思考と言う関係性の異なりとなります。

アート思考も新たな疑問から問いを点てて具現化する時には、客観的な視点でアイデアを検証することでより強靱で実現性ある発想に仕上がります。その意味で2つの思考法は、客観性と主観性の比重の違いと言えます。(2021年3月17日追記)

前述したように、デッサンは視点を変えることで構図も変わり印象が変化します。これは物の捉え方で解釈が変容することを表します。

アート思考のセミナーなどでは、簡易デッサンを取り入れ自分の見える世界の固定概念に気づかせるプログラムを提供したりします。

世界を多様な視点で見ると解釈も異なることは理解できても、「でもデッサンなど描写の基本は、目に映る世界を再現する客観的視点が重要では?」と指摘をする方も居るかもしれません。

参考までに、アートの役割の変移を下記コラムにまとめています。

“+”マークをクリックすると解説が表示されます。

コラム:アートの役割と歴史的な変移(クリックで表示)

中世期頃までの西欧において、アーティストの描く題材は主に神話や宗教などがテーマが中心でした。それは、識字率のまだ低い頃に、聖書などの物語を写実的にビジュアルで伝えるため教会などから依頼が多かったからです。

16世紀以降にはプロテスタントによる偶像崇拝を禁止する宗教改革がおこり歴史画などは一部、流行から外れていきます。教会からの依頼で宗教画の制作の中心から、クライアントが大富豪などのパトロンに移り変わり私邸を飾る装飾絵画や肖像画などを制作していきます。この時代は、まだ芸術家と言うよりも職人(クラフトマン)としての職業でした。

大きな変換が起きたのは、19世紀初頭にカメラが発明されたことで、精緻な技法で美しく模写するクラフトマンとしての存在意義が問われだしました。そうした背景の中、大衆までに写真が普及する20世紀初頭頃には、アーティストとしての自由な表現が開花して行きます。

近代美術以降においては印象派、キュービスムなど、個性豊かな表現手法が生まれました。言葉を換えれば主観的に考え新たな問いを立てながら、アーティストの独自の視点と自由な解釈で行われる創作活動が育まれてきました。これが、今日の近代・現代芸術に対する「自由な発想」を有するアーティストとしての立場の確立と背景になります。

2. 問題解決と哲学的探求

デザイナーは、課題解決の観点で取り巻く様々な環境を考慮しながら客観的視点に比重を置く問題の解決者です。それに対して近代美術史以降のアーティストは、対象物を「どう解釈する」という主観に比重を持ち、更に現代アートでは、社会に対して新たな問いを創り出す哲学者の特徴を有する違いがあると言えます。

対象に対する”How”と”What”の姿勢

また、”「デザイン思考」の考え抜く技術の記事でも解説した、「解決すべき課題」を如何にして発見するか(How)という解決手法に注力し客観的視点に比重を置く姿勢が「デザイン思考」の一側面とすると、新たな問題提起を自己対話より導く(What)哲学的な主観の探索が「アート思考」であると言えます。

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