仕事の現場や組織などでも浸透してきた「デザイン思考」。その反面、「デザインセンスは無いから」「制作やブランディングなどは関係ない」など、多くのひとは“デザイン”という言葉の響きに少し距離を取られる方も居るのではないでしょうか。
「デザイン思考」とは、商品やサービスの改善や問題解決、また新たなアイデアを創出するためにひとを中心に据えた実証型の発想法であり、創造的な思考手段の一つです。
今回は、デザイン思考の基本プロセスと導入方法、そして注意すべき実施ポイントなどを基本から解説します。
地道で創造的な問題発見の手段
冒頭でデザイン思考の特徴として、「ひとを中心に考えた実証型の発想法」を挙げました。デザイン思考の定義は一様ではありませんが、共通する考えとしてビジネス課題に対する解決策としてアイデアの創出と実施のプロセス:観察(リサーチ)・共感、問題定義、試作・実験などを繰り返す過程を指します。
「デザイン思考」という言葉の呪縛
「思考」という言葉が付いているため、ロジカル思考やクリティカル思考などの派生的な理論(メソッド)と思われる方を見受けます。
机上の理論と言うよりも実務や研究開発に近い、ある意味「地道で創造的な探究活動」とここでは解釈しています。恐らく「地道」という表現に違和感を抱く読者も居るかと思います。
それは、「デザイン」という言葉の呪縛にあると推測します。ここでもう一つのワードである「デザイン」の意味を、一旦、整理して認識を合わせていきます。
デザインの本質を知る
“デザインの重要性” でも「デザイン」の語源の解説をしましたが、デザインには「装飾美」以外に、かたちに落とし込むためその背景にある問題の解決を計画することや設計が語源としてあります。まずは、デザインの歴史を振り返ります。
装飾から機能美も内包する価値の変容
19世紀後半、イギリスの産業革命に伴う大量生産の工業製品に対し、職人の作る装飾美への回帰思想:「アーツ・アンド・クラフト運動」が誕生しました。その流れから建築、工芸品まで様々なプロダクトに影響を与えた自然美を模したアール・ヌーヴォーが流行しました。この頃のデザインは意匠である「装飾美」を中心とした意味合いの時代でした。
20世紀に入ると、デザインの様式も変化し、近代機械産業の技術の恩恵との融合する流れで「機能美」や「合理性」を追求するスタイルなどが生まれていきます。その進化の中で、エルゴノミクス(人間工学)という理論が生まれデザインは「機能美」へ多様な視点を取り込んで進化していきます。
ひとを中心とした「問題解決のデザイン」
その後、デザインの定義は更に進化を続けます。大きな転換期を迎えたのは90年代、コンピューターやプログラムなどのIT技術の進歩と一般生活への浸透です。
パーソナルコンピューターの普及やインターネットを介した新たなインタラクティブ・コミュニケーション技術(ICT)が生まれ、プログラム言語で作られる“アプリケーション”に私たちの生活が囲まれるようになります。
結果、デジタルライフが進歩する中で、スクリーンを中心とした新たなテクノロジーは利用者の期待や要求、使い勝手を考慮した製品設計の重要性が高まります。これが人間工学を基盤となり、使いやすさ(ユーザビリティ)を中心にその後に出てくるユーザーの総合的な経験価値や満足度を維持するユーザー体験(UX:User Experience)にも人間中心設計(HCD:Human Centered Design)の思想が応用されていきます。
デザインの領域
2000年に入ると、プロダクトやサービスにおける課題の抽出、解決策の策定などをデザイ制作過程やデザイナーの心得(=マインドセット)を活用し体系化した理論である「Design Thinking (デザイン思考)」という名称で米国スタンフォード大学において学部横断のイノベーター養成機関、d.Schoolが開始されました。
その後、googleやapple、P&Gなどの社内でもデザイン思考を活用したサービス/プロダクトの改善や開発事例として取り上げられるようになり「デザイン思考」が広く知れ渡るようになります。
本来のデザインの語源は、問題解決における計画やその設計行程を指します。しかし、一般的には表層の装飾性やスタイル(意匠)がデザインの主な意味合いとして広く根付いていると感じます。
デザインとは、物質的なモノ(プロダクトやビジュアル)だけでなく生活環境やその仕組みなどの設計や計画も範囲です。(例:都市開発計画や防災計画、ビジネスではキャッシュレス決済の経済構想など)
デザイン思考の進め方
ここからは実際にビジネスに役立てるための「デザイン思考」の基本プロセスである5つのステップを紹介していきます。
デザイン思考の5つのステップ
まずは、ひとに焦点を合わせます。対象者の理解を深めるために、次のような手法:対話(インタビュー/アンケート)、観察、ユーザー体験の再現などを通してそこに存在する問題の文脈を本人の言葉で再現(=可視化)します。ここでのポイントは、無意識の心の動きや隠れた事実(=インサイト)を相手の立場になりきって学習することです。それはまるで霊媒師のように本人になりきり、その視点で事象を捉える行為とも言えます。
目的:真のニーズ発見
共感ステップで発見してきた要素をパズルのピースのように繋げ、重要な箇所を抽出し可視化する作業を行います。このステージでは、チームで課題の仮定する主人公の人物設定(=ペルソナ)を詳細に想像し、その主人公の冒険物語(=ジャーニーマップ)を描きます。この課題の”見取り図”を整理しながら、解決すべき問題点(=対象者の感情のペインポイント)を可視化していきます。ポイントは、問題は必ずしも一つでは無いということ。複数ある場合、その解決における優先順位を付けるところまで行います。
目的:ストーリー(課題骨子)の詳細化と問題点の確認
本質を問い正した適切な問いを立てること=課題設定がデザイン思考で最も重要なステージになります。
いよいよ、問題解決のアプローチ(=アイデア)を考えていきます。引き続きチームでブレーンストーミングなどの手法を用いてより多くのアイデアを創出していきます。ポイントは、前回に決定したペルソナとジャーニーマップに沿ってアイデアを生み出す中で、他人のアイデアを批評的な眼で見ないように進めます。あくまで擬人化したペルソナの視点になりきることで客観的な視点を維持し、多くのアイデア(可能性)に拡張させてストーリーを構築していきます。
目的:課題解決アイデアの選定
選定したアイデアに基づいてプロトタイプ(試作品)を作成します。ここではあくまで時間やお金を掛けずにアイデアが理解できるレベルの簡易的な試作品を素早く作成します(ラピッド・プロトタイピング)。手書きや紙芝居など工作レベレで構いません。アプリケーションの場合は紙の手書きで簡易的なスクリーン構成図や、サービスの場合はオペレーションの流れが分かるサービスフロー図をポストイットなどで視角化するだけで構いません。ポイントは、第三者とその試作を基に討議が可能な状況を素早く用意することです。
目的:シナリオの視覚化と確認
自分たちの解決策が期待通りの結果になるか、第三者でテストしその利用などに関する感想(フェードバック)を集めます。ここでは多くの説明を施さずユーザーに自由に利用してもらい、その状況をビデオ撮影したり言葉に出しながら作業をしてもらいます。特に非言語に現れる潜在意識など、ユーザーの機微を観察し改善ポイントを見いだしていきます。ポイントは、思い込みを排除した上でアイデアの修正を必要の可能性を見いだすことです。それは、アイデアを浄化させて深い潜在ニーズに到達するためです。何故なら正解は、ユーザー自身の中に潜んでいるからです。
目的:テストシナリオ(試作)の修正
5つのステップは必ずしも直線的で一方向の流れでなく、実際にはステージ間を何度か往来しながらアイデアを深めていきます。