「観察力」とは、向き合う対象や事象を注意深くかつ客観的に理解を深めながら新たな気づきや洞察を導き出す技術と考えます。
特定の職種や役職に求められるのだけではなく、誰にもあらゆるシーンで「知的好奇心を発動」させ創造を揺り動かすための「思考のはじめの一歩」です。
今回はビジネスに必要な深い洞察を導く観察力を考察して行きます。キーワードは、洞察を呼び込む「目に見えないパズルの組み立て」です。
はじめに
視覚と認識のギャップ
視覚の簡単なテストです。長方形の画像の中に文字が書かれています。なんと書かれてているか、分かりますか?
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正解は、アルファベットで”LIFE“の文字が書かれています。これは有名なトリック絵です。目に映るモノは、見方により認識が変化することを示唆する例です。
観察とは、必ずしも視覚だけで行われる訳はありません。しかし、感覚器官の中でも、私たち人間が受け取る情報の約80%以上を視覚から受け取ると言われています。
このトリック絵からも分かるように、「観察」の基本は視覚情報を整理し理解するだけでなく、多角的な視点で対象の見えない情報群を繋ぎ合わせる行為とも言えます。
観察とは
「観察」という言葉は、「観る=意識を向ける」と「察する=気づく」という構成ですが、漢字の「観る」を辞書で調べると注意深く意識して見ると定義されています。
また「観察」の語源は仏教の言葉に由来し、智慧(ちえ)によって対象を正しく見極めるという意味があると言われています。つまり、観察とは対象を注意深く「意識を向け」、そして情報を「繋ぎ」、洞察する行為でもあります。
それは、気づきや洞察の扉を押し広げる「思考の第一矢」と言えます。
「見る」行為のレベル感
常用漢字で「みる」を表す単語には、「見、観、視、看、診、鑑、覧、察、監、督」など多く漢字が存在し、ニュアンスもそれぞれ異なります。
観察の「みる」行為は、視覚情報を中心としつつも五感で感じる全ての情報を対象とした探索とも言い換えられます。例えば、情報を整理する中で直感や閃きなど気づきとなる自己内部の情報を繋げ理解を深める行為が起こります。
次に、英語から「みる」言葉をもう札していきます。代表的な単語から、WATCH, LOOK, SEE, の語源で視覚行為のレベル感を整理していきます。
まず、最初にWATCHは、他の2つの単語より時間的に長く注意深く向かい合って眺める状況(映画や絵画鑑賞、監視や見守りなど)に使われます。LOOKには意識的に視線を向ける意味があり、それに対してSEEは、対象物が自然に視界に入っている状況や理解を表します。
WATCH | 動作のあるものを注意深く視線を向ける | 看護、監視、鑑賞 |
LOOK | 意識して目を向けたり探す状況 | 正視、調査 |
SEE | 視界に入る状況 | 知覚、理解 |
注意深さの比重で考えると、WATCH>LOOK>SEEの順番で表せます。まじまじと対象に視線を向ける様子や状況を表す意味ではWATCHを、調査や分析など思考と行動も合わせて示す意味ではLOOKが使われます。SEEにおいては、見えるという一般的な行為や物事の理解を示すニュアンスがあります。
特にビジネス課題において状況を分析する時の観察行為では、当然、視覚では確認できない多様な要素が複雑に交差しています。
例えば、サービス・商品の改善のためユーザー調査を行うために販売現場の行動観察やユーザーインタビューを実施する場合もそのままの光景や発言を知るだけでは行動の本質は見えて来ません。
観察対象や調査の目的によって観察のレベル感となる観察行為の範囲は異なりま。まずは、状況や目的に合わせて認知すべきレベルや適切な観察範囲を推測し選択する仮説行為が必要になります。
観察は、対象の情報を収集したり読み込むだけでなく、内面から湧き上がる疑問や仮説設定の思考工程を繰り返しながらより深い洞察へ繋げる入口を築く行為と言える。
次ぎに、観察から新たな気づきを導くために必要な、「問い」と「仮説」の関係性を考察していきます。
優れた「観察眼」の役割
発想や行動を補う外部センサー
一般的に観察を必要とする状況を考えてみると、事象を注意深く見続けて本質を見極める研究・開発や、医療関連の現場などは容易に想像がつきます。
ビジネスでは、問題解決や改善活動や会議の進行管理、また、プロジェクト管理者(PM)などもリスクの予測や察知などプロジェクト管理から観察眼は必須条件の能力です。
さらに踏み込んで考えると、新たな発想で創作活動をするクリエイターなども鋭い視点と洞察で新たな創造を起こすために観察眼は活かされています。
特に、先見性、決断力、実行力は経営者が組織の舵取りを限られた情報からでも決断し素早い行動で事業の新たな局面を切り抜けるこれた能力は、日々の外部情報を察知し読み説く観察力に支えられます。
今までにない新たな発想が求められる中、発想や行動の行為は外部環境の繊細な変化や兆しを読み取る外部アンテナの役割である観察力が担っていると言えます。
「問い」と「仮説」で発想を揺さぶる検証サイクル
注意深く丁寧な「観察」で外部情報を考察し、自己内部から湧き上がる「問い」を引き起こしながら「仮説」を立てる工程を反復検証することでアイデアとなるアウトプットの質を精錬します。このアウトプットの質を高めることが観察の最終的な目的です。
「観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか 」の著者である佐渡島 康平氏は、観察は「問い」と「仮説」の反復行為で創造を導くと説いています。観察とは、「問い」と「仮説」のセットで発想を揺さぶる行為です。
いい仮説は、ある主体が、物事に対して仮説をもちながら、客観的に物事を観て、仮説とその物事の状態のズレに気づき、仮説の更新を促す。一方、悪い観察は、仮説と物事の状態に差が無いと感じ、わかった状態になり、仮説の更新が止まる。
出典:佐渡島 庸平著「観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか 」 SBクリエイティブ出版 2021年
優れた観察眼とは、「問い」と「仮説」を反復することで観察情報を精製してアウトプットの質を高めて斬新な着想を引き寄せるサーチライトの役割でもある。
優れた観察眼は、「問い」と「仮説」の思考を繰り返して気づきや学びを得ながら新たな発想や思考を深める役割を担う
観察の阻害要因
着目する観点によっては、観察対象の解釈に変化が生じます。これは、脳内の情報処理が「解釈」に影響を及ぼしていることを示していると脳科学の世界で言われています。
また心理学の側面では、バイアスと言われる偏見や固定概念により外界に認識のフィルターを掛けて解釈を意図的に変化させてしまうこともあります。この脳科学と心理学の2つの観点から観察力を思索していきます。
脳科学の観点
視覚は脳科学の観点では、目に映る一次情報を脳で一旦、情報処理が行われると言われます。つまり、脳の解釈した内容を受動的に受け入れているとも言えます。
目に入った光をどう解釈するかというのは、この「私」が意図的に行っているんじゃなくて、あくまで「脳」が行っている。「私」という存在は、その脳の解釈を単に受け取っているだけであって、脳が解釈したものから逃れることはできない。「見る」という行為は結構不自由な行為だと思う。
出典:「進化しすぎた脳」 池谷裕二 著者 講談社 2007年
視覚に入る情報を毎回、確認し身体へ指示を出していては時間が掛かり過ぎるため、学習や経験などの知識を利用して脳が先行し情報処理を行うショートカットとなるバイパスの仕組みがあると脳科学者の池谷裕二氏は著書「進化しすぎた脳」で説明しています。
例えば、野球で打者がボールを打つ場合も全ての球筋を肉眼で捉えている訳ではなく、ピッチャーの投球フォームなどの情報から脳内で球筋を予測してバットに当てる反応をしていると解釈しています。
心理学の観点
一方、観察において客観性を持って対象を観察する重要性は頻繁に言われてきましが、その理由には、偏見や先入観(Bias: バイアス)の存在があります。これらは無意識に働くため、完全に取り除くことは困難でもあります。ただし、必ずしも先入観は完全な悪でもありません。
時には、感情や信念などは外界の不要なノイズを遮断し精神を安定させて保護する役割として、または、判断時間の短縮化や自信やモチベーション維持などにもバイアスが利用されているとも考えられています。
むしろ、自分自身がどのような認知バイアスをまとっているか、自分の思考の癖を理解し共存する意識を持つことも重要だと考えます。
代表的な「認知バイアス」の例
都合の良い情報だけを集め決断を有利に解釈する「確証バイアス」や、結果から全てを予測していたように振り返る「後知恵バイアス」、また先に得た情報の印象が後の判断に影響を与える「アンカリング効果」など、約100種類以上の認知バイアスが存在すると言われます。
この他にも、騒がしいパーティー会場などで自分の名前や親しい知人の声など興味を持つものには反応する聴力版の選択的注意である「カクテルパーティー効果」や、後半の観察力の鍛え方で紹介する「カラーバス効果」などもこれと同様で見えてくる世界や受け取る情報量が変化することを意味します。
重要なのは、思い込みや価値観、信念などそれらの「メガネ」を通した世界の見え方が変化することを理解しつつ、多様な観点が存在することを認識しておくこで心を整えます。また、意識的に「メガネ」を替えて見え方を変えることで、新たな気づきや発見の機会を意図的に生み出すテクニックとしてもバイアスの活用が可能です。
自問と仮説による観察の検証サイクルを繰り返すことは、無意識に起こるバイアスや脳の解釈を緩和して認識の阻害要因を意識的に濾過する効果にも期待が持てる
選択的注意「見えないゴリラの実験 (実際の映像あり)」 (クリックで表示)
コラム|認識漏れを起こす
観察を妨げる要因の一つに心理学の観点で、視野や意識が限定される選択的注意(selective attention)が存在します。意識が一部に集中し過ぎると他の状況に気づき難くなることを証明した「見えないゴリラの実験」などが有名です。
この実験では被験者はビデオの中で白と黒の服を着たチームに分かれてボールをパスしている映像を見ながら白服のチームが何回ボールをパスしたかを数える指示が出されます。
半数近くはボールのパスを数えることに集中し映像内の異変に気づかけなかった実験結果となりました。
マジシャンが観客の注意を他に引きつけておいて仕掛けに気づかせないために使うミスディレクションという手法は、この選択的注意の仕組みを利用したものになります。
※実際の実験映像。(1分22秒)
ビジネスにおける観察力の主な用途
ビジネスにおいて観察は、問題解決や研究・開発以外にも異常検知やリスク管理、対人関係における円滑なコミュニケーションや会議・ワークショップにおけるファシリテーション、または、学習や改善活動など多用な用途に活用されます。具体的なビジネスにおける観察の主な用途を見ていきます。
観察力の利用目的
- 1. 誤認(ミス)の防止やリスク管理
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誤認などを抑制や安定した管理機能の実施:例)品質管理、オペーレーション管理
- 2.コミュニケーション能力や対人関係の向上
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場を察したり周囲への共感:例)ファシリテーション、プロジェクトマネジメント管理(PM)
- 3. 情報整理や学習・改善
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傾向を把握したり状況の整理やアイデア捻出の手がかり:例)アイデア出しやデザイン/アート思考の実施
この中で特に「2.コミュニケーション能力」と「3.学習・改善」における観察力を説明していきます。
観察と共感の関係
コミュニケーション能力の向上の観点からみると、観察とは共感行為の一部であると考えます。
例えば、担当者と打ち合わせをしている最中に突然ノートPCにばかり目が向いていれば、何か急用なメッセージなどが届いて来たかもしれないと想像します。
打ち合わせ内容をその担当者に適切に理解してもらうためにも、後で討議内容をまとめた議事録などを自主的にメールで送る行動は双方にとって有益な関係構築に繋がる観察から導びかれた共感行為と言えます。
このような多忙な担当者や上司に重要な伝達を行う場合、抜け漏れなく的確に伝達を行うために口頭と文章などの2重に伝達するダブル・スタンバイの実施で、相手の認識漏れや誤解を回避しつつ信頼関係を構築することが可能になります。
過去に新たに組織に参加されて間もないクライアント担当者で社内の接点や連携が少ない状況を察し、社内で関係を持つ他部署と内部調整のサポートを行い、短期間でその新人担当者と信頼関係を築けたこともありました。
人が観察対象の場合、まずは対象に関心を抱きそこから察する気づきから信頼構築を目指す
学習における改善活動
数値データでWEBサイトの流入数や解析数値、売上げ数値の報告などで現状の問題を把握する現状分析が必要になったとします。
目立つ異常値(変化)が発生してる以外では、今後の予測や改善に費やす時間が主な作業になると考えられます。そのような場合、規則性や法則、過去の類似する事象などから類推し仮説立てで問題の手がかりを見出していきます。
起こりえる問題を想定し課題を設定できれば、問題の真相を分析する「5Whys分析(なぜなぜ分析) 」などの手法で解決策を導くことも可能になります。
これは問いを5回ほど繰り返していく中で考察を深める手法で、ポイントは分かったつもりで早計に対策を練るのでなく、深い理解と学びを繰り返して深い洞察から解決策を導く姿勢です。
コラム|観察力とAI(人工知能)の類似性 (クリックで表示)
AI(人工知能)の学習方法も、今ではディープラーニングという機械学習の中で新たな手法があります。従来は人間が特徴や学習定義を行い認識や判断のサポートを事前に行っていました。それが今では、AI自体が自身で学習する機能へ拡張しました。
これによりAIはデータから特徴をつかんで法則性を見つけ出し、識別作業や予測、会話、そして自動運転などの自立実行が可能になりました。つまり、特徴の抽出から独自に推論を構築して実行に役立てます。
学習の観点から観察力を考えると、現在のディープラーニングの機械学習の特徴である、抽出から推論を立てる工程は観察の自問から仮説検証サイクルと類似します。
観察の名人は、特徴や規則性(パターン)を見出す名人とも言えます。
AIは丸暗記ではなく特徴をつかんで法則化しているからこそ、新しいパターン、つまり未知の状態についてより正確に予測ができるようになるのです。
出典:野口 竜司「文系AI人材になる統計・プログラム知識は不要」 東洋経済新報社 2019年
「観察力」と「洞察力」の関係性
まず「観察力」と「洞察力」における一般的な解釈は、目に見える表層の認識とその根底に潜む本質を見抜くという意味で語られてきました。例えば、推理小説や映画で名探偵の細やかな目配り(観察眼)から推理(仮説)へ繋げて謎の真相を解明(洞察)していく関係性とも言えます。
丁寧な観察で情報の収集と整理を行い、情報の背景に潜在する真理を炙り出すことで深い洞察に近づきます。その為、アウトプットとして真相である鋭い洞察を得るためのインプットとしての情報収集における観察とは、一連かつ双璧を成す関係であると言えます。
留意点として、情報収集の網羅性や情報量にこだわり過ぎて判断や実行を遅らせないことです。自己内部から感じ取る「問い」と「仮説立て」で上述した観察の検証サイクル を繰り返しながら思考を停滞させずに揺さぶり続けて新たな気づきに導くことが重要です。
必要な要素 | 留意点 | |
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観察力 | 「観る力」と「気づく力」 | バイアス排除と情報の精査 |
洞察力 | 「分析力」と「推測力」 | 背景に潜む真理を見出す |
「洞察力」を導く観察の軸
観察力における断片情報を収集する「観る力」に対して、洞察のために集積した断片情報から連鎖反応を起こしたり繋がりを見出す閃きなどを起こす能力を「洞察力」とここでは定義します。この連鎖を引き起こすためには、主な着眼点となる観察の軸を活用します。
例えば、漁師さんが雲の様子や風や凪などの自然の様相から漁獲高や豊な漁場を予測する知恵には、日々の経験から蓄積された観察のものさしとなる「観察の軸」が存在します。
予測や洞察につなげる主な観察の4軸(視点)を紹介します。主に、1.変化、2.比較、3.類推、4.傾向があり、情報の収集や整理に役立てます。
観察の軸 | 気づきに繋げるポイント |
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変化 | 異なる様子となる異質や違和感 |
比較 | 同質や異質などの質量や時間における比較 |
類推 | 類似・共通などの特徴の抽出や推測 |
傾向 | 繰り返し起こる規則性や法則性の特徴的なパターンの把握 |
例えば、同僚のいつもと異なる様子に気づく場合、髪型や服装、あるいは表情や態度などの普段と異なる変化などから察することがあるでしょう。
近しい間柄であれば直接、本人に理由を聞くかもしれません。そういう関係でない場合でも、限られた情報から推測を働かせたり他から情報を入手して確認をすることは可能です。
ポイントは、自問しながら観察の軸を活用して「仮説立て」を行い観察の検証サイクルを繰り返し、気づきを導く「洞察」へと繋げることです。「気づき」を導く洞察とは、断片情報を繋げて潜在的な文脈を浮かび上がらせ情報を構造化することです。
観察する行為は、パズルのピースをつなぎ合わせて一枚の絵を再現するような「洞察」の足場作りとなる
次項では、具体的に観察力をビジネスで活かす実践するポイントや鍛え方を解説して行きます。