デザイン思考では実施プロセスの最初にユーザーに対する「Empathy (共感)」から始まり、そこから問題発見や仮説立案を導きだしていきます。
また、製品やサービス開発など、事業計画のビジネスプランを考える際には、ユーザー調査やインタビューが行われます。これらの調査で対象者に「共感」することで、深い洞察を見出すことが重要視されてきました。
ほかに、顧客体験の構築や向上、職場環境の改善やチームビルディング、そして、組織のチームビルディングなどにも「共感」が頻繁に使われます。
しかし、看護や教育など対人支援の専門職以外の一般的なビジネスシーンでは、感情面に寄り添う「同情」や相手の意見に賛同する「同感」という一般的な意味の「共感」では、客観的な問題発見と解決を目指す本質から外れる可能性も起こります。
今回は、ビジネスで問題発見や課題解決で活用するための「共感」の本質を探索していきます。キーワードは、深層を探る「視点の深化」です。
「共感」が求められている背景
従来より、市場調査の一環として、ユーザーインタビューなどが行われてきました。テクノロジーの進化は、人々の生活を向上させる一方、以下の主な課題を生みました。:
- 生活様式の急変によるストレスや不安
- デジタル格差(組織規模や高齢者など)
- 顔の見えないコミュニケーションの増加による誹謗中傷
例えば、PCやスマートフォンの普及は生活や仕事の生産性の向上を果たしてきました。その一方で、デジタル格差でデジタル対応に遅れる組織やデジタル環境に不慣れでなじめない層も顕在化しています。
さらに、SNSなどオンライン中心の顔の見えないコミュニケーションが浸透すると、誹謗中傷やフェイクニュースなどの不安材料もテクノロジーの進歩と平行して生じてきました。
そうした中、人間を中心に据えた行動心理を考慮したデジタル環境の構築を試みる「人間中心設計 (HCD)」が再注目され、デザイン思考などでも活用されています。
HCDでは、ユーザーの見えない感情や潜在的なニーズを可視化すめ、「共感」のプロセスが重要視されています。実際のプロセスでは、フィールドリサーチやユーザーインタビューやなどを通じて言動の本質で有る内面の理解のため観察を通して共感的アプローチを実施します。
特に、ひとが使用するアプリなどのシステム構築で使いやすさの向上や改善に活用されています。また、人工知能(AI)の進歩も、人間の学習工程や、思考、感情の要因を脳科学や心理学などの知見をベースに開発が進められてきました。人間をより深く理解する行為の一環として、ひとへの「共感」行動が技術革新と同時に求められてきたと考えられます。
「共感」の意味と言葉のニュアンス
日本語における「共感」の歴史
「共感」という日本語の歴史は、戦後に国語辞書に掲載された海外の単語を翻訳した新語でした。それ以前では、「共感」の意味合いでは、「同情」がその言葉の役割を担っていました。
具体的には、戦後において教育学、また看護学などにおいてSympathy(=同感)の訳語として導入されます。1980年代以降、心理学におけるEmpathy(=感情移入)の訳語としても「共感」が辞書に登場します。
こうして、「共感」という言葉は、「同情」、「同感」、「感情移入」といった多様な意味合いで世間に広く定着していきました。
参照元:千葉大学大学院の人文社会科学研究科報告書「新聞分析からみた「共感」がもつ現代的意味に関する一考察」 七星純子、川上和宏著、(2016年)。
英単語:SympathyとEmpathyの歴史と違い
現在でも「共感」の英訳を和英辞書で調べると、SympathyやEmpathyの単語が充てられています。しかし、これらの英単語における2語のニュアンスの違いを理解していないと、原文における伝えたい意図や本質が見失われます。
例えば、顧客対応で「共感する」と言った場合、顧客の感情に同調する(Sympathy)と受け取られることがあります。しかし、実際には、顧客の状況背景を理解し洞察を深めること(Empathy)が求められます。
ちなみに、デザイン思考の最初のプロセスではEmpathyが使われています。まずは、Sympathyとのニュアンスの違いを考察していきます。
1. 感情に寄り添い一体化するSympathy
Sympathyの言葉の起源は、16世紀頃に使われ出し、忠誠心や団結、調和などEmpathyよりも古くから存在し、相手への同調や忠義を示す一般的な意味の共感を表していました。※以下は、米国のメリアム・ウェブスター辞書の抜粋。
Sympathy has been in use since the 16th century, and its greater age is reflected in its wider breadth of meanings, including “a feeling of loyalty” and “unity or harmony in action or effect.
出典:Merriam-Webster.com
語源は、ギリシャ語の”sympathēs “に由来し、接頭語の”sym“は、英語で”with”を示し、語幹の”pathēs “は、”feeling(感情)”を意味します。つまり、他者の感情や考えに同意や同調する意味となります。
2. 感情の背景を理解するEmpathy
Empathyは、20世紀初頭のギリシャ語 “empatheia “を語源としています。接頭辞の”em“は、英語の”in”を意味し、語幹部分の“patheia“はSympathyと同様に”feeling(感情)”を意味します。
Empathyの言葉が生まれた背景は、ドイツ語 Einfühlung (“feeling-in” または、 “feeling into”)を英語に翻訳する際に作られた単語です。主に哲学や心理学などの専門用語として使われています。※米国のメリアム・ウェブスター辞書の抜粋。
Empathy was modeled on sympathy; it was coined in the early 20th century as a translation of the German Einfühlung (“feeling-in” or “feeling into”). First applied in contexts of philosophy, aesthetics, and psychology, empathy continues to have technical use in those fields that sympathy does not.
出典:Merriam-Webster.com
そして、その意味は「他者の心の中」を観察し理解する行為であり感情や経験した内容を「想像し理解する能力」となります。※英国のオックスフォード辞書の抜粋。
the ability to understand another person’s feelings, experience, etc.
出典:Oxford Learner’s Dictionary
「共感」という日本語からは、一般的には相手の気持ちに寄り添う姿を思い起こすかもしれません。しかし、この意味では適切な翻訳は、Sympathyとなります。
しかし、ビジネスシーンで問題解決などに必要な「共感」は、必ずしも感情移入や同調するだけでなく、相手の言動や感情の背景を洞察するEmpathyが適切な単語と言えます。
デザイン思考やユーザー調査などで、相手に「同調」や「寄り添う」という表現や文脈で「共感」が使われているケースを見かけます。これは、原文や言語間の誤認が原因とも考えられます。
次項では、心理学などの観点から「共感」の本質の理解をさらに深めるために解説していきます。
「共感」の定義
心理学などにおける「情動的共感」と「認知的共感」
心理学や認知科学で「共感」に対する厳密で細やかな定義や解釈が存在します。ここでは、先述したSympathyとEmpathyの2種の定義や本質を探索していきます。
- 1. 情動的共感:Sympathy
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相手の感情を察しくみ取る(=感情移入・同調):例)気遣いなど親身なサポートや信頼構築を必要とする看護など
- 2. 認知的共感:Empathy
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相手の立場で状況を理解する(=視点取得・実感):例)現状把握と問題解決を目的とする医師やカウンセラーなど
相談や物語へ感情移入することは、「1.情動的共感」に分類され、広義な意味で認知されている「共感」です。それに対し、問題発見や解決へ繋げるために対象者へ調査・分析で対象者へ理解を深める手段である「共感」は、「2.認知的共感」と言われビジネスシーンで必要とされる能力です。
認知的共感は、対象者の潜在的意識の理解であり、意見や行動の支えとなる無意識の価値観を炙り出す洞察力でもある
相手の視点で問題の探る「共感」の本質
相手の考え方を理解するには、自分の思い込みから離れて相手の立場で、対象者の言動を探ることが必要となります。なぜなら、他者の言動に対して早計な判断を下してしまう認知バイアスが存在します。
相手の言動を適切に理解するには、自分自身の思い込みを排除した上で相手の「ものの見方」に向き合う姿勢が重要になります。
ウィーン生まれの心理学者アルフレッド・アドラー(1870-1937) は、共感することを以下のように表現しています。
「他の人の目で見て、他の人の耳で聞き、他の人の心で感じる」
「アドラー人生を生き抜く心理学」」NHKブックス 2010年
問題の発見や設定における「共感」は、他者の立場の背景に潜む価値観を相手の視点で理解を深める探索活動
この記事では、ビジネスで必要となる「共感=Empaty」を「他者の言動を、相手の視点を通して理解する」行為と定義し、次項で、その要素や具体的な実施方法の解説をしていきます。
Empathyがもたらすビジネスへの影響と役割
ビジネスにおける共感の活用としては、対人理解からその先の開発まで、さまざまな場面に活用されます。以下に、その一部の例を挙げます。
- 業界別
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IT業界 ユーザーインターフェイス設計 カスタマーサポート プロダクトマネジメント 製造業 商品開発プロセス 品質管理・改善 アフターサービス - 職種別
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管理職 チームビルディング 人事評価 モチベーション管理 実務職 顧客対応 プロジェクト推進 問題解決
SympathyとEmpathyのビジネスシーン例
単語の違いを、具体的なビジネスシーンの例で確認していきます。
- 体調の悪そうな同僚の様子から
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Sympathy 「体調が悪そうだね、大丈夫?心配だから、無理しないでね。」 Empathy 「いつもと雰囲気が違う様子だけど、どうかした?何か手伝えることや、悩みとかあれば時間作るよ。」 - 顧客対応に問題が発生した場合
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Sympathy 「あの担当者、怒りっぽい性格だよね。気にせず、がんばろう。」 Empathy 「どういう流れで相手は気分を害したのか、一緒に考えて、今後の対策を考えよう。」 - 部下のプロジェクト報告に対する上司の対応
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Sympathy 「大変なプロジェクトだったね、お疲れさま。次もこの調子でがんばろう。」 Empathy 「適切な対応、お疲れさまでした。次回に活かせるよう、課題や工夫などを聴かせてくれる?」
Sympathyが感情的で表面的な対応であるのに対し、Empathyが状況の根本的な理解と、個々の文脈に応じた具体的な解決アプローチを特徴としていることを示しています。
問題発見におけるEmpathyの役割
潜在ニーズを探り学ぶ行為
傾聴や対話などで認知共感が必要な場合、対象者の言動の根源に関心の眼差を向け、相手目線の借用(=視点取得)で自分の思考枠の外から対象者の言動における真相の理解を試みる問題発見の役割があります。
具体的には、自己の経験に紐付く解釈ではなく、観察や傾聴・対話による学びの姿勢です。また、あくまで相手の言動の根拠となるものの見方や立場を理解することが問題解決における共感の目的と言えます。
そこで、相手の考え方に基づく経験や感情の把握から言動の背景となる対象者も無自覚で潜在化した価値観を掘り起こすことで、顕在化している意見や行動の理由を把握することが認知的共感が可能になります。
対象者の表面上の考えやものの捉え方を理解するために、潜在化した前提情報や価値観を掘り下げて実感へ導く行為がビジネスの「共感」の役割
Empathyを実践する3要素
Empathy:認知的共感を深める要素として、1.観察力、2.想像力、3.表現力の3要素が存在します。
1. 観察力 | 事象の状況や変化を客観的に感じ取るセンサーシステム |
2. 想像力 | 相手の立場で感情や状況を読み解くための仮説思考 |
3. 表現力 | 相づちや表情で相手へ理解を示す相手の感情の翻訳機能 |
観察や想像は他者の状況を把握する手段ですが、表現は、対話や傾聴において他者の信頼を獲得して対話を円滑に進める技術です。
理解を深める「問いと仮説」の検証サイクル
特に優れた観察眼は、「問い」と「仮説」を反復させて気づきや学びを導く行為と言えます。繰り返しになりますが、これは洞察を導くための行程とも言えます。
1.観察力
「問い」からはじめる探究
まず最初の要素となる観察力は、周囲へ興味関心を抱き状況を感じ取る敏感なセンサーシステムの役割を持ちます。ちなみに興味関心を抱くことは、相手の言動に賛同する事とは異なります。
必要なのは相手の立場で「なぜそういう言動なのか」という潜在的な根拠へ興味を向けることが観察の第一歩であり、前出の「検証サイクル」図における「問い」の部分にあたります。そして前述したように、相手の立場や視点で事象を「観る」ことが観察のポイントとなります。
※ “興味関心”に関する詳細は本稿の後半、「興味関心を向けるべき対象」 に掲載。
2.想像力
言動の背景に潜在する情報の解像度を高める
想像は、相手の状況を読み解くための仮説を立てる工程で前出の検証サイクルの図で、観察から導き出す「問い」と一対をなします。観察から湧き上がる問い(疑問)に対し、他者の言動の根拠を相手の視点で想像する行為です。
重要なのは、自分の偏見を排除し、対象者の立場で言動の背景を掘り下げることです。また、目に見えない潜在した部分に判断基準となる言動の前提情報が存在します。
言い換えれば、他者の言動の基づく価値観です。この情報の解像度を上げていく能力が仮説を支える想像性や洞察力です。
※詳細はこの後の、「Empathyを深める認知構造を知る」 項目で解説しています。
3.表現力
信頼を示し発言を促すコミュニケーション
言葉における表現のポイントは、肯定的に発言を受け入れを示す言語を用いることです。否定的な言葉や早計な評価、また、傾聴に不要なアドバイスなどもNGです。
相手の意見を聞きながら、自分の感想を述べるときは決めつけを感じさせないように配慮した、「もしかして、○○○ということですか?」などの間接的な表現で相手に確認を促します。
また相手の発言を繰り返すことで、相手の話を理解する姿勢を示し信頼の構築でさらなる深層へ対話を進めていきます。表情やしぐさにおいては、「情動的共感」を活用して相手の感情をくみ取りながら対話を継続させます。
例えば、相手の感情に同期するボディランゲージなどを意識します。例えば、相手の主張するポイントにうなずきを合わせたり、相手の感情に合わせた顔の表情を示したり、不自然にならない程度で相手の発言を促す役割として実施します。
「観察」から問いを見立て、「想像」で仮説を持ち、「表現」で深層の価値観を形成する
次項では、対人関係でさらに深い洞察を導く「メンタルモデル」を解説していきます。