デザイン思考では実施プロセスの最初にユーザーに対する「Empathy (共感)」からはじめて、そこから問題発見や仮説立案を導きだしていきます。
また製品やサービス開発など、事業計画のビジネスプランを考える際に行われるユーザー調査やインタビューの実施で対象者へ共感することが重要と言われてきました。
その他では、顧客体験の構築や向上、職場環境の改善やチームビルディング、または、社内政治の理解などにも「共感」はビジネスで必須の能力です。それは、単に感情面に寄り添う「同情」や「気遣い」という広義の意味における共感行為とは異なります。
今回は、ビジネス開発で問題発見や課題解決で活用する「共感」を探索していきます。キーワードは、思い込みを捨てゼロベースで前提情報を見据えて課題の深層を探究する「視野の拡張」です。
ビジネスにおける「共感」の本質
「共感」が求められている背景
冒頭でデザイン思考のプロセスにおけるユーザや顧客への共感を述べましたが、従来より市場調査の一環としてユーザーインタビューなどが行われてきました。
昨今では、IT分野における機械学習やセンシング技術など新興技術(Emerging Technology, 略称: EmTech)の台頭と日常生活への浸透で、ひとを中心に据えその心理を熟考した上でデジタル環境の構築を試みる「人間中心設計」が再注目されてきました。
その中で、ユーザーの抱える適切な問題の発見や課題解決を導くために、思考の枠組となるフレームワークで対象者の理解を深める「共感」が海外より紹介されてきました。
潜在ニーズの探究活動としての「共感」
主なものでは、ユーザーや顧客像を具現化するペルソナ設定後の「共感マップ」や「バリュー・プロポジション・キャンパス」などのフレームワークが有名です。

またこれら以外にも、想定する対象者の一連の行動と感情を仮説化して課題を可視化する「カスタマージャーニー・マップ」など、サービスや商品開発や事業のイノベーション構築で”ひと”(=対象者やユーザー)を中心に提供価値のギャップやシステム側の都合の排除のために共感の探究活動が施されてきました。
まずは、共通認識を確立するために「共感」の言葉の意味を改めて整理していきます。

2種類の「共感」
「情動的共感」と「認知的共感」
一般的な共感の例として、知人の相談を聴いている時に自分の経験と重ね合わせたり、小説や映画などの物語に登場する人物に感情移入することがあげられます。
学問の専門領域として心理学や認知科学では、「共感」に対する厳密で細やかな定義や解釈が存在します。ここでは、大まかに2種に分類して解説します。
- 1. 情動的共感
-
相手の感情を察しくみ取る(=感情移入・同調):例)気遣いなど親身なサポートや信頼構築を必要とする看護など
- 2. 認知的共感
-
相手の立場で状況を理解する(=視点取得・実感):例)現状把握と問題解決を目的とする医師やカウンセラーなど
相談や物語へ感情移入することは、「1.情動的共感」に分類され、広義な意味の「共感」です。それに対し、問題発見や解決へ繋げるために対象者へ調査・分析で対象者へ理解を深める手段である「共感」は、「2.認知的共感」です。
認知的共感を言い換えれば、対象者の潜在的ニーズの掘り下げでもあり、その意見や行動の支えとなる無意識の価値観を炙り出す「洞察力」と言える
相手の視点で「観る」
相手の考え方を理解するには、自分の思い込みから離れて相手の立場や視点で対象者の言動を「観る」ことが重要になります。なぜなら、自分視点の執着から他者の言動へ早計な判断評価を下す傾向があるからです。
つまり、相手の言動を適切に理解するには、自分自身の思い込みを排除した上で相手の「ものの見方」に向き合う姿勢が必要になります。
ウィーン生まれの心理学者アルフレッド・アドラー(1870-1937)は、共感することを以下のように表しています。
「他の人の目で見て、他の人の耳で聞き、他の人の心で感じる」
「アドラー人生を生き抜く心理学」NHKブックス
ここではビジネス開発などで必要となる「共感」を、「他者の言動を、相手の視点を通して理解し実感する」と定義し、その具体的な実施方法に話しを進めていきます。
問題解決における「共感」は、他者の立場の背景に潜む価値感を相手の視点で理解を深める探索活動
共感の3要素
共感を深める要素として:1.観察力、2.想像力、3.表現力の3要素が存在します。
1. 観察力 | 事象の状況や変化を客観的に感じ取るセンサーシステム |
2. 想像力 | 相手の立場で感情や状況を読み解くための仮説思考 |
3. 表現力 | 言葉の相づちや表情で相手へ理解を表明する翻訳機能 |
観察や想像は他者の状況を把握する手段ですが、表現は、対話や傾聴において他者の信頼を獲得して対話を円滑に進める技術です。
特に優れた観察眼は、「問い」と「仮説」を反復させて気づきや学びを導く行為と言えます。これは洞察を導くための行程とも言えます。

1.観察力
「問い」からはじめる探究
まず最初の要素となる観察力は、周囲へ興味関心を抱き状況を感じ取る敏感なセンサーシステムの役割りを持ちます。ちなみに興味関心を抱くことは、相手の言動に賛同することと異なります。
必要なのは相手の立場で「なぜそういう言動なのか」という潜在的な根拠へ興味を向けることが観察の第一歩であり、前出の「検証サイクル」図における「問い」の部分にあたります。そして前述したように、相手の立場や視点で事象を「観る」ことが観察のポイントとなります。
※ “興味関心”に関する詳細は、「興味関心を向けるべき対象」の後述を参照。
2.想像力
言動の背景に潜在する情報の解像度を高める
想像は、相手の状況を読み解くための仮説を立てる工程で前出の検証サイクルの図で、観察から導き出す「問い」と一対をなします。観察から湧き上がる問い(疑問)に対し、他者の言動の根拠を相手の視点で想像する行為です。
注意点は、自身の偏見などの思い込みを排除しあくまで対象者の立場で言動の根拠を掘り下げていく思考です。また、目に見えない潜在した部分に判断基準となる言動の前提情報があります。
言い換えれば、他者の言動の基となる価値観です。この情報の解像度を上げていく能力が仮説を支える想像力です。※この点に関する詳細は、「潜在ニーズを導く「共感」で重要な想像と探究」の章で詳細を解説しています。
3.表現力
安心と信頼を示し発言を促す言語と動作
言葉における表現のポイントは、肯定的に発言を受け入れを示す言語を用いることです。否定的な言葉使いや早計な評価、また傾聴に不要なアドバイスなども全てNGです。
相手の意見を聞きながら、自分の感想を述べるときは決めつを感じさせないように配慮した、「ひょっとして、○○○ということですか?」などの間接的な表現で相手に確認を促します。また相手の発言を繰り返すことで、相手の話しを理解する姿勢を示すことで信頼の構築に努め、さらなる深層へ対話を導きます。
表情やしぐさにおいては、「情動的共感」を活用して相手の感情をくみ取りながら対話を継続させます。例えば、相手の感情に同期するボディランゲージなどを意識します。例えば、相手の主張するポイントにうなずきを合わせたり、相手の感情に合わせた顔の表情を示したり、不自然にならない程度で相手の発言を促す役割として実施します。
共感とは、「観察」で問いを見立て、「想像」で仮説を持ち、「表現」で深層の価値観を引き出す行為
ビジネスにおける共感の「目的」と「役割」
自分の枠の外から潜在ニーズを探り学ぶ
問題発見の共感行為において、対象者の言動の根源に関心の眼差を向け、相手目線の拝借(=視点取得)で自分の枠の外から対象者の言動における真相の理解を試みることを説明してきました。
具体的は、自己の経験に紐付く解釈(意味付け)ではなく、観察や傾聴・対話による学びの姿勢です。また、あくまで相手の言動の根拠となるものの見方や立場を理解することが共感の目的と言えます。
そこで、相手の考え方の基となる経験や感情の把握から言動の背景となる対象者も無自覚で潜在化した価値観を掘り起こすことで、顕在化している意見や行動の理由を把握した上で理解となる「共感」が可能となります。この理解を深めるための「認知の4構造」を解説します。
対象者の表面上の考えやものの見方などを理解するために、潜在化した前提情報や価値観を掘り下げて「なるほど」と実感へ導く行為がビジネスの共感における目的と役割
「共感」から読み解く判断基準や価値観
「認知の4構造」の理解
相手の意志決定や考え方を深く理解するための「認知の4構造」:言動(意見)、経験、感情、そして価値感を把握することで、他者の言動の根拠である価値観や潜在的ニーズを明らかにすることが期待できます。
これは認知心理学で「メンタルモデル」と言われ、個人が経験などを通して無自覚に形成した価値観であり言動の潜在的な判断基準が”氷山の一角”として潜んでいます。
当然、経験に対する個人の解釈である価値観は多様です。そのため、ユーザー調査においては複数のサンプルを収集し共通パターンや類似性を探索することになります。

深層の価値観を見出す「気づき」
例えば意見の対立が起こる場合、必ずしも相手の考え方に反対しているだけではなく、その人が大事にしてる価値感を守ろうとする保身を図る行為とも考えられます。
このような対立関係では、感情による解釈や評価を保留して相手の視点取得で言動の深層に潜む価値観をのぞき込む対応が課題の解決に有効です。
感情で反応するのではなく、相手の立場や視点を意識して傾聴や対話で言動の背景(=理由)を相手の言葉で引出すことで気づきを生みながら無意識の価値観を見出すことに繋げます。
相手の言動の背景に潜在する価値観を、対話などを通して相手の言語で顕在化させた気づきから共感に繋げる
傾聴や対話の留意点
前述したように言動の基にある真相としての価値観は、無自覚の形成で当人も明確に把握していなことがほとんどです。それを傾聴や対話で本人と一緒に顕在化させる作業を必要とします。その傾聴や対話の留意点を確認していきます。
思い込みの排除
米国の臨床心理学者であるカール・ロジャース(Carl Rogers:1902-1987) が提唱する「傾聴の3原則」において「共感的理解:Empathic Understanding」と言われ、相手の立場をそのまま受け入れて理解をすることが必要だと言われています。
相手の意見に対して自分の解釈を加えないことは、自分の枠の外から現象を捉え直し新たな価値に気づく機会を作り出します。繰り返しになりますが、相手の言動に対して聴き手側の思い込みを排除した姿勢で向き合う意識がまずは重要です。
早計な評価判断の保留
次に意識することは、評価・判断を保留して相手の話しに傾聴する姿勢です。それには相手の目線である「ものの見方」を通して言動を受け入れる行為です。
あくまでも相手の視点で状況を把握することに努めつつ、言動の根拠となる部分を相手と一緒に探索していきます。「傾聴の3原則」の「無条件の肯定的関心:unconditional positive regard」に値します。
また、自分のものの見方が唯一絶体でないことを自覚すること、また焦りを取り除くために、他者の理解が完全ではないことを前提にして傾聴に努めることで、早計な評価判断を抑えて相手の潜在した価値観を見出す可能性を高めます。
興味関心を向けるべき対象
一般的に共感においては、「他者への関心」が重要と言われてきました。しかし、無条件に関心を抱くことはそう簡単なことでもありません。なぜなら相手の印象や雰囲気などの周辺情報に対して感情で反応してしまう一面もあるからです。
例えば、先述の意見の対立では興味関心の対象が言動の内容よりも個人に向かう例をあげました。気を付ける点は、人と意見を分けて捉えて、言動の根拠である「なぜそう考えるのか」という問いに意識を集中して客観的な観察を試みる姿勢を持つことです。
これにより、意見に対する賛同の是非や相手に対する好き嫌いなどの主観的な感情を差し込まずに背景にある価値観へ意識を向けやすくなります。
意識を向ける先は、表層の言動などではなく、問いから導く言動の基にある価値観です。
過去の成功体験の呪縛から抜け出す
新規事業やイノベーション構築における企画では、過去の成功体験が障害となり否定的な評価をかざす中間管理職や役員間での対立が起こりがちです。
成功体験にしがみつく評価判断に対して、過去の成功経験など前提となる部分をまずは明確にします。そこから大切にしてきた価値観を掘り下げて言語化することで、同じの経験の繰り返しが不要であることに気づきを持たせ、新たな行動の必要性へ意識を向けさせます。
これをアンラーン(Unlearned:一から学び直す)と呼び、新しいものの見方を呼び起こし動機の根源となるビジョンに戻ることで、過去の経験のしがらみから一旦、離れて固定されて視野を再拡張させる仕組みです。
具体的な方法として、未来のゴールを先にイメージし逆算して現在までの流れを作り上げることで、今までに無い価値や意味創出型イノベーションに向く「バックキャスト方式(Backcasting)」の思考などが役立ちます。
まとめ
問題発見や課題解決としての「共感」は、関係する対象者の潜在的な価値観を把握することが目的であることを解説してきました。
それは、物事の深層を見出す深い洞察を導く視野の拡張であり、新規事業やイノベーション構築においては必須のビジネススキルと言えます。
適切に共感する行為が身に付くと、新たな視点で視界を広げて常識を越えた枠組みで物事を捉え直すことに期待が持てるようになります。
- 「共感」において、気遣いなどの「情動的共感」以外に問題発見などの「認知的共感」がある
- ビジネスにおける「共感」は、他者の言動の背景に潜む価値感を相手の視点で理解を深める探索活動
- 共感の3要素:「観察」で問いを立て、「想像」で仮説を持ち、「表現」で深層の価値観を引き出し顕在化する
- ひとの言動は、過去の経験や感情を基にその背景にある判断基準である価値観を潜在的な動機としている
- 言動の基となる価値観を把握するために、傾聴や対話を通して言語化から気づきへ導く
- 問題発見や課題解決の糸口を見出すための「共感」は、客観的な視野の拡張で洞察を深める
参考文献
- 熊平美香「リフレクション 自分とチームの成長を加速させる内省の技術」ディスカヴァー・トゥエンティワン 2021年
- ハーバード・ビジネス・レビュー[EIシリーズ] 「共感力 」ダイヤモンド社 2018年
- 岸見 一郎「アドラー 人生を生き抜く心理学」NHK出版社 2010年
- 厚生労働省 “働く人のメンタルヘルス・ポータルサイトWEB”:話しを「聴く」積極傾聴とは 閲覧日:2022年12月15日
ツイッターやフェースブックのアカウントをフォローを頂くと最新記事を読み逃すこと無く閲覧が頂けます。