コロナ禍の影響によりテレワークやオンライン営業などの非対面の就業環境や各種申請の電子化によるペーパレスなど、DX(デジタルトランスフォーメーション)のビジネスへの浸透がさらに進んできました。
その反面、最新システムやテクノロジーを導入しても十分な活用がままならない話しも耳にします。その主な原因として考えられるのは、DX導入時に利用者側の期待と提供側が考慮すべき利用経験や体験との乖離です。
DX導入の課題としてリーダーが見落としがちな点は事業継続にも関わる、B2C、B2B共に内外のステークホルダーに向けた適切な経験価値とそこから創出される情緒の体験設計(UX: ユーザー・エクスペリエンス・デザイン)の重要性です。
今回は経験価値の事例では、スターバックスと千利休の比較例を交えて、DX導入で見落とがちな体験設計を失敗事例を交えて解説します。
キーワードは、アナログ様式をデジタルへ置き換える合理性だけでない共感の創出と事業継続の礎となる一貫性あるエクスペリエンスデザイン(UX)の提供です。
なぜDX導入にUX(体験設計)が重要か
感情や情緒を起点とした時代背景
デジタル環境が日常生活にも広く浸透する一方、私たちの価値観も従来とは異なる様相へ変容しつつあります。それらを理解を深めるためジャーニーマップ、人間中心設計、CX(顧客体験)やUX(ユーザー体験)など、さまざまな体験設計に関する専門用語もビジネスに定着していきました。
通信技術やデジタル化による技術的模倣の容易性により同質サービスが増殖する期間が短縮される一方で、受け入れる側の情緒や記憶から構成される体験設計が継続したサービス利用や購入判断に影響することで注目されてきました。これを共感を育む経験価値を基にした体験設計と定義します。

このようなひとを起点にした風潮は、近しい世相では中性ルネサンスの「人間中心主義」などが挙げられます。共通点は、美化され現実味が薄れた神の崇拝と無形のビットデータ化したデジタル様式に対して、情緒や繋がりを謳歌するひとの感情や感性を求める人間回帰の傾向です。
意思決定に作用する価値観
また近年では米国の大学のセオドア・レビット博士の書籍「マーケティング発想法」で、顧客は機能でなく価値で購買判断を行う考察を説いた、「ドリルを買う人が真に求めているのは、穴を開ける行為」などは現在でも購買心理を説いたフレーズとして語り継がれています。
また、同様の洞察は49年後の2017年に、クレイトン・クリステンセン教授の著書「ジョブ理論」では、ミルクシェイクの購買動機を片付けるべきジョブ(Job=用事)に喩えて解説しています。
「来店客の生活に起きたどんなジョブ(用事、仕事)が、彼らを店に向かわせ、ミルクシェイクを”雇用”させたか」(中略)来店客はたんにプロダクトを買っているのではない。彼らの生活に発生した具体的なジョブを、ミルクシェイクを雇用し片づけているのだ。
クレイトン・クリステンセン著「ジョブ理論」ハーパーコリンズ・ジャパン出版、2017年
これはマーケティング観点で言いえば、プロダクトアウト(商品主体)からマーケットイン(市場主義)へ社会の変容です。
つまり情報の受け手にとっては、感情に影響する経験価値の積み重ねとなる適切な体験を提供されることで継続した関係性が育まれるのです。さらに、生活様式の地殻変動をもう少し具体的に思索していきます。
生活様式の変化による価値の地殻変動
モノが無形化しビットデータへ置き換わる中で音楽産業では、コンパクト化して視聴環境を拡張したSONYのウェークマンから、大量の音源データを持ち運べ利便性を高めたAppleのiPod、さらには、SpotifyやAmazon Musicなどのストリーミングサービスで自由に多様な音楽をどこでも聴く価値が浸透しました。
映画も同様に 場所を選ばない自由な楽しみ(ロケーションフリー)による、パッケージ商品の消失です。また昨今の電子マネーの浸透で貨幣だけでなくレジや小売り店舗や配送の非対面化(無人化)、そして送金行為の簡略化でいつでも銀行を返さない中抜きで個人間でダイレクト(P2P:ピア・ツー・ピア)なやりとりが可能になりました。
購買行動も所有からサブスクリプション型の契約へ変容し、B2CもB2Bも通信技術のクラウド環境を介したサービスとして物理的な物品を提供しない状況にもなりました。
例えば、ソフトウェアや、またオフォス環境もコロナの影響でリモートワークが増えたことで自社ビルや固定フロアーの保有でなく、シェアオフィス契約で労働環境を自由に選択する企業も増えています。これは所有から共有(サービス化)の流れです。
さらにはSDGsなどで企業や生活者側も環境意識の高まりから、リユースやシェアーなどのサーキュラーエコノミー(循環経済圏)も根付きつつあります。生活様式がデジタル技術で変貌する中、私たちは形無きブラックボックス化した日常で、所有に代わる情緒を動かす体験を求める意識が高まっていると考えます。それは、経験価値が生みだされる体験の重要性を表しています。
- ロケーションフリー
- パッケージ商品の消失
- 非対面化(無人化)
- ピア・ツー・ピア(P2P)
- 所有から共有
- サーキュラーエコノミー
「外発的ミッション」から「内発的 “パーパス” 」経営へ原点回帰
企業が直面する存在価値の変容
昨今はインターネットサービスの普及で、生活者の情報発信や事前の比較検討など情報を適切に吟味できるチャネルが増えたことなども生活の変化として挙げられます。
さらに企業に対する透明性や対応の不備や矛盾、スローガンだけの企業理念などに対して一般市民もSNSなどで意見や情報発信ができる時代になりました。こうした透明性を増した時代で、事業側も価値の真意を市民から問われている状況と言えます。
企業も持続可能性に直面しつつ、市場の差別化や競争力における外発的な未来へ向けたミッション(Mission:使命や大義)から、内発的な現在を見据えたパーパス経営(Puropose:存在意義)を事業継続と合わせて改めて社会と向き合う時代です。
アート思考の高まりなども従来の外発的環境下で起こる問題は予測不可能にて対処も難しく、内発的に経営と向き合い再構築する思考法が注目されて来た背景には、このパーパス経営との類似性が共起したとも考えます。
提供すべきは最新技術の導入=DXではなく、そこから生まれる価値や醸成された体験によって関わる社内外360°の全ステークホルダーの共感や信頼獲得を意識することが事業継続などに影響を及ぼす。
UXデザインの根幹
「経験価値の5要素」
体験設計の理解をさらに深めるにあたり『経験価値マーケティング』の著者であるアメリカの経営学者であるバーンド・H・シュミットが整理した経験価値を構成する5つの要素を紹介します。
シュミットは経験価値を心理的な側面より、「Sense(感覚的)」「Feel(情緒的)」「Think(創造・認知的)」「Act(行動、ライフスタイル)」「Relate(社会性)」の5つに分類しています。
特に、昨今注目を集めているSDGsのような企業活動は、「Relate(社会性)」に分類される属性意識を表す提供価値と言えます。
事例研究:スターバックスと千利休の「経験価値」比較
マーケティング観点で考察すると、ヒットしたサービスをこの5つの経験価値パラメーター(視点)と合わせてみると特徴となるストーリーが浮かび上がります。この5つの経験価値に当てはめて、スターバックスと千利休の侘び茶を比較してみます。
スターバックスの経験価値(ストーリー) | |
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Sense (感覚的) | モダンなインテリア、アートで創造的な装飾、ジャズがBGMに流れる室内、禁煙空間 |
Feel (情緒的) | 街中で一人でもくつろげる心地よい居場所 |
Think (創造・認知的) | 権威と専門性を感じさせるバリスタの配置 |
Act (行動、ライフスタイル) | 通勤前や仕事の合間で気分のリセット |
Relate (社会性) | 自然志向な商品構成やクリエイティブな属性を気軽に楽しめるステータス |
千利休の侘び茶の経験価値(ストーリー) | |
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Sense (感覚的) | 簡素ながら季節や生命を感じさせる庭の草木や生花、質素ながら滋味深い茶器 |
Feel (情緒的) | 胎内を思わせる狭いながら身分の隔てを取り払う親密性への配慮 |
Think (創造・認知的) | 無駄の無い所作と道具や料理に対する主人の深い含蓄 |
Act (行動、ライフスタイル) | 戦国時代の緊張の中でつかの間の落ち着きや悟りを促すヒーリング体験 |
Relate(社会性) | 上司が傾倒する茶道具に宿る美意識への開眼と審美眼の欲求や同調 |
どちらも喫茶行為でありながら、当初はステータスや憧れという価値訴求が強かった側面も考えられます。しかし市場に浸透する内に、その他の経験価値との相乗効果で共感を広く獲得し市場に定着して行ったと推測します。
その他で体験設計のお手本として、Apple社の製品発売を購入前、購入、購入後の連続した時間軸で経験価値を高めたイベント体験を提供し共感を生む経験価値は有名な見本です。
これら経験価値と体験設計の重要性は決して、B2C企業だけでなくB2B企業も同様に捉えるべき経営課題です。何故なら前述したように企業と市民との関わりは環境意識やSDGs課題を含めてより密接な関係にあると言えるからです。
DX導入の注意点
3つの阻害要因
得てして内部向けDX導入の動機では、アナログな仕組みをデジタルに置き換え経費削減や運用効率に意識が向きがちになります。
DX導入でステークホルダーの経験価値や負の感情(ペインポイント)の解消へも慎重に配慮した体験設計の検討が必要です。ここでは、DX導入による体験設計(エクスペリエンスデザイン)を阻害する主な3つの要因を改めて整理します。
- 1. 組織構造と軋轢:意思統一の仕組みと全社統一したオペレーション
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DXが上手くい推進できない主な要因と言える部門間の分断化による。中小企業であれば、経営者の考えを現場やフロント・バックオフォスに周囲伝達する速度と統制は容易であっても、大手企業では規模によるサイロ化をトップダウンで組織横断するクロスファンクショナルの臨時チーム編成で首尾一貫した体験設計と全社オペレーションの意思統一が必須。
その際に、外部ファシリテーターや専門家を交えながらもプロジエクトの目的や対象ステークホルダーのジャーニーマップ作成などを内部主導で進行し「自分ごと化する意識」を全社で根付かせられるかが鍵。
- 2. コスト構造と利益
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投資資金の回収年月を3年、5年などの中短期間で数値化して評価しがちだが、実利益の数字だけでない感性や共感の創出を表す指標を設けて定常的にNPS(ネットプロモータースコア)指標などの満足度を計り全ステークホルダーから定点観測で評価領域を確保する。
特に目に見えづらいコスト構造の発見や新たなエコシステムによる利益拡張なども事前に討議を行い掘り起こしを検討する。例)カスタマーセンターの顧客ログデータの商品開発への利用促進やカスタマーサクセス部門連携によるアップセル展開で追加利益の確保など。
- 3.首尾一貫した体験の勘案
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顧客第一主義を重んじるばかりで、体験設計に運用や保守、内部人材への配慮の優先順位が下がる場合、特に顧客接点となる現場対応へ影響を及ぼすリスクが発生する。フロント・バックオフォスが運用保守の矛盾無き一貫性が保てるか、機能要件やビジネス要件を考える時に内部ステークホルダーの体験設計を事前に検討し組み込む。
当然のことと思われるかもしれませんが、顧客向けモバイルアプリなどで運用フローに現場のオペレーションに乖離が発生することが発生しがちです。特に日常業務に翻弄して現場のヒアリングを新人に全てをさせる場合も散見しました。
費用を掛けて導入しても利用されない”未利用システム”や混乱を防ぐためにも、「1.組織構造」の課題と合わせてサービス全体像を俯瞰し首尾一貫した体験設計をビジネス要件に落とし込む。
組織側の効率や経費削減だけが目的ではなく、利用側である全ステークスホルダーとの信頼や共感を生み出す情緒に影響を及ぼすエクスペリエンスデザイン(体験設計)も合わせて考慮することが肝要。
失敗事例から学ぶUXデザイン
連続性や一貫性の欠如
非連続なワークフロー
コロナ禍の2回目の緊急事態宣言が都内で下された際、大手国内IT企業ではリモートワークが直ぐに導入され電子押印も導入がされる。承認の回覧もグループウェアのシステムを利用し順調に進めるが、最後は申請者が紙で出力して経理に提出するために出社するワークフロー。
今では笑い話になりますが、今もどこかで起こりえる首尾一貫が欠如した体験設計の失敗例です。
ドライブスルー販売方法のような、最後の支払いは車を降りて店頭で代金を払わすような矛盾したワークフローにならないように連続性や一貫性が肝要。
組織分断されたカスタマー対応
某通信企業の電子通貨サービスにて、登録情報の変更手続きを公式サイトで調べると問合せフォームに入力して担当から電話連絡を待たなければ出来ないと判明。
さらに、電話オペレーターに状況を改めて一から説明するも、登録情報の変更は一度、解約して新たに再登録しないと変更できない旨を伝えられる。解約をその場で伝えるも、ネットより自分で解約手続きをしなければ成らない運用ルールを伝えられる。
オンラインで完結出来る事案か物理的な対応が必要か、また、部署横断する場合の引継ぎ方法など一貫性と連続性は体験設計の要です。
どのような最新テクノロジーを活用したサービスを提供しても、ユーザーとの適切で統一されたコミュニケーションが提供がされなければDX導入や活用の意味が消え失せていきます。
成功の鍵は、全社で運用フローを支える統一された意識です。
管轄の分断や企業理論の押しつけによる分断した非連続性の対応では、良質なエクスペリエンスデザインの反面教師となる。

まとめ
DX導入の目的としてのエクスペリエンスデザイン(UX)
経営者やリーダーにとってDX導入は、可及的な経営課題ですが単にデジタル化による合理性を捉えるだけでなく経験価値を生み出す体験設計を構築する目的と認識することで真の課題の発見や理解の解像度も高まります。
特にデジタルの領域では経費削減や効率化の期待が高いのも事実ですが、DX導入の効果や期待値と全ステークホルダーに対する体験設計の感情指数は諸刃の剣でもあることを念頭に入れて、全社で取り組む意識と仕組みが重要です。
また数値化された目標だけでなく、社内外におけるステークホルダーとの共感醸成がDX導入における最終的な成功と定義して挑むことでサービスの改善にも繋がり事業継続の礎にも成ります。
- 経験価値はデジタル技術の浸透により情緒と共感に影響を与える
- 感情を起点にした共感は、経験価値を基にした体験から生まれる
- 情緒に訴えかける5つの経験価値は相合に影響しストーリーとして記憶に残りひとを惹きつける
- DX導入は組織側の効率や経費削減だけが目的でなく、利用側である全ステークスホルダーとの信頼や共感を生む
- 経験価値は首尾一貫し連続性を保つことで良質な体験となる
- DX サービスの利用者の定義を明確にし、各ステージごとの課題を整理し解決の対応を準備する
- 一貫性や連続性を保つには、全社で取り組む姿勢が重要
- 全ステークホルダーとの共感醸成が提供サービスの質の向上で事業継続の礎となる
参考文献
- バーンド・H. シュミット「経験価値マーケティング」 ダイヤモンド社、2000年
- クレイトン・クリステンセン「ジョブ理論」 ハーパーコリンズ・ジャパン出版、2017年
- HITACHI: Executive Foresight Online:「パーパス経営とは」 閲覧日:2021年11月22日
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