「観察力」とは、向き合う対象や事象を注意深くかつ客観的に理解を深めながら新たな気づきや洞察を導き出す技術と考えます。
特定の職種や役職に求められるのだけではなく、誰にでもあらゆるシーンで「知的好奇心を発動」させ創造を揺り動かすための「思考のはじめの一歩」です。
今回はビジネスに必要な深い洞察を導く観察力を考察して行きます。キーワードは、洞察を呼び込む「見えないパズルの組み立て」です。
はじめに
視覚と認識のギャップ
視覚の簡単なテストです。長方形の画像の中に文字が書かれています。なんと書かれているか、分かりますか?
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正解は、アルファベットで”LIFE“の文字が書かれています。これは有名なトリック絵です。目に映るモノは見方により、認識が変化することを示唆する例です。
観察とは、必ずしも視覚だけで行われる訳はありません。しかし、感覚器官の中でも、人間が受け取る情報の多くが視覚を通じたものであると考えられています。
このトリック絵からも分かるように、「観察」の基本は視覚情報を整理し理解するだけでなく、多角的な視点で見えない情報群を繋ぎ合わせる想像も利用する認知プロセスと言えます。
観察とは何か
「観察」という言葉は、「観る=意識を向ける」と「察する=気づく」という構成ですが、漢字の「観る」を辞書で調べると注意深く意識して見ると定義されています。
また「観察」の語源は仏教の言葉に由来し、智慧(ちえ)によって対象を正しく見極めるという意味があると言われています。つまり、観察とは対象を注意深く「意識を向け」、そして情報を「繋ぎ」、洞察する行為でもあります。それは、気づきや洞察の扉を押し広げる「思考の第一矢」と言えます。
「見る」と「観察」の関係
単語のニュアンスから紐解く
常用漢字で「みる」を表す単語には、「見、観、視、看、診、鑑、覧、察、監、督」など多く漢字が存在し、ニュアンスもそれぞれ異なります。
観察における「みる」行為とは、視覚情報を中心としつつも全ての情報を対象とした探索とも言いえます。また、情報を整理する中で、直感や閃きなど気づきとなる自己内部の情報を繋げ理解を深める行為は、記憶が影響してきます。
次に、「みる」という視覚行為を英単語のニュアンスから考察してみます。代表的な単語から、WATCH, LOOK, SEE, で視覚行為を整理していきます。
まず最初に、WATCHは注意深く向かい合って眺める状況に使われます。SEEは、対象物が自然に視界に入っている状況の感覚を表します。LOOKは、意識的に視線を向ける行為に使われます。
WATCH | 注意深く視線を向ける | 監視、鑑賞 |
---|---|---|
SEE | 視界に入る状況の感覚 | 知覚、理解 |
LOOK | 意識して対象を捉える行為 | 分析、調査 |
視線を固定して向ける様子や状況を表す意味ではWATCHを、SEEにおいては、視認する感覚として物事の理解を示すニュアンスもあります。
調査や分析など思考や意識も合わせて示す意味では、WATHCとSEEの特徴を併せ持つLOOKが使われます。観察を理解するにあたり、LOOKの意識を向けて対象を捉えるというニュアンスが分かりやすい喩えと考えます。
問題解決における観察行為
特にビジネスにおいて問題解決に取り組む時には、表面の問題だけでない深層を推測するために観察から仮説立てが必要になる場合があります。
例えば、サービス・商品の改善のためユーザー調査で因果関係を調査するために行動観察やユーザーインタビューを実施するとします。発言者の言動をそのまま鵜呑みにするだけでなく、その背景に潜む価値観の把握が真意を理解することが深い洞察に繋がることが起きます。
仮説立ての必要性
このような場合、一度の観察では読み取れない状況を問い掛けから仮説を導くことで深層の意味を導く論理的な認知プロセスが構築されます。これにより、思いつきではない情報整理と状況の学習の精度が整えられます。詳細は、「観察の構造」項目で解説します。
問題解決における観察行為は、因果関係を知る要因分析であり、事象の背景に潜む本意を探る行為
次は、観察眼の役割について確認していきます
ビジネスにおける「観察」の役割
発想や行動を補う外部センサー
一般的に観察を必要とする状況を考えてみると、事象を継続して確認して仮説や効果を立証する研究機関や医療現場が思いつきます。
ビジネスにおいては、問題解決や提案活動、また、リスク予測や経営の判断など、職種に限らず優れた観察眼が重要な能力と言えます。
さらに踏み込んで考えると、新たな発想で創作活動をするクリエイターなども、鋭い視点と洞察で新たな創造を起こすために観察眼は必要な能力と考えられます。
例えば、経営に必要な要素と言われる先見性、決断力、実行力は、新たな局面を乗り切る意思決定のためには、経営者は日々の外部情報を読み説くための優れた観察力に支えられていると言えます。
言い換えると、外部環境の繊細な変化や兆しを察する外部センサーの役割も観察力が担っていると考えます。
次に、気づきを導くために必要な、「問い」と「仮説」の関係性を整理していきます。
観察のプロセス
「問い」と「仮説」の検証サイクル
前述したように、注意深く丁寧な「観察」で外部情報を考察し、自己内部から湧き上がる「問い」を引き起こしながら「仮説」を立てる工程を反復することでアイデアとなるアウトプットの質を精錬します。このアウトプットの質を高めることが観察の最終的な目的となります。
「観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか 」の著者である佐渡島 康平氏は、観察は「問い」と「仮説」の反復行為で創造を導くと説いています。観察とは、「問い」と「仮説」のセットで発想を揺さぶる行為です。
いい仮説は、ある主体が、物事に対して仮説をもちながら、客観的に物事を観て、仮説とその物事の状態のズレに気づき、仮説の更新を促す。一方、悪い観察は、仮説と物事の状態に差が無いと感じ、わかった状態になり、仮説の更新が止まる。
出典:佐渡島 庸平著「観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか 」 SBクリエイティブ出版 2021年
つまり、優れた観察眼とは、「問い」と「仮説」を反復することで受け取る認識を磨き上げるプロセスで潜在的な本質に到達する行為であり、発想を導くサーチライトの機能と言えます。
優れた観察眼は、「問い」と「仮説」の思考を繰り返して気づきや学びを得ながら新たな発想や思考を深める機能を担う
「観察力」と「洞察力」の関係
まず「観察力」と「洞察力」における一般的な解釈は、目に見える表層の認識とその根底に潜む本質を見抜くという意味で語られてきました。例えば、推理小説や映画で名探偵の細やかな目配り(観察眼)から推理(仮説)へ繋げて謎の真相を解明(洞察)していく関係性とも言えます。
丁寧な観察で情報の収集と整理を行い、情報の背景に潜在する真理を炙り出すことで深い洞察に近づきます。その為、アウトプットとして真相である鋭い洞察を得るためのインプットとしての情報収集における観察とは、一連かつ双璧を成す関係であると言えます。
注意点として、情報収集の網羅性や情報量にこだわり過ぎて判断や実行を遅らせないことです。自己内部から感じ取る「問い」と「仮説立て」で、前述した観察の検証サイクル を繰り返すことで思考を停滞させずに揺さぶり続けて新たな気づきに導くことが重要です。
必要な要素 | 留意点 | |
---|---|---|
観察力 | 「観る力」と「気づく力」 | バイアス排除と情報の精査 |
洞察力 | 「分析力」と「推測力」 | 背景に潜む真理を見出す |
観察軸で洞察力を導く
観察力における断片情報を収集する「観る力」に対して、洞察のために集積した断片情報から連鎖反応を起こしたり繋がりを見出す閃きなどを起こす能力を「洞察力」とここでは定義します。この連鎖を引き起こすためには、主な着眼点となる観察の軸を活用します。
例えば、漁師さんが雲の様子や風や凪などの自然の様相から漁獲高や豊な漁場を予測する知恵には、日々の経験から蓄積された観察のものさしとなる「観察の軸」が存在します。
予測や洞察につなげる主な観察の4軸(視点)を紹介します。主に、1.変化、2.比較、3.類推、4.傾向があり、情報の収集や整理に役立てます。
観察の軸 | 気づきに繋げるポイント |
---|---|
変化 | 異なる様子となる異質や違和感 |
比較 | 同質や異質などの質量や時間における比較 |
類推 | 類似・共通などの特徴の抽出や推測 |
傾向 | 繰り返し起こる規則性や法則性の特徴的なパターンの把握 |
例えば、同僚のいつもと異なる様子に気づく場合、髪型や服装、あるいは表情や態度などの普段と異なる変化などから察することがあるでしょう。
近しい間柄であれば直接、本人に理由を聞くかもしれません。そういう関係でない場合でも、限られた情報から推測を働かせたり他から情報を入手して確認をすることは可能です。
ポイントは、自問しながら観察の軸を活用して「仮説立て」を行い観察の検証サイクルを繰り返し、気づきを導く「洞察」へと繋げることです。「気づき」を導く洞察とは、断片情報を繋げて潜在的な文脈を浮かび上がらせ情報を構造化することです。
観察する行為は、パズルのピースをつなぎ合わせて一枚の絵を再現するような「洞察」の足場作りとなる
観察の阻害要因
観察の着目する視点によっては、観察対象の解釈に変化が生じます。これは、脳の情報処理が「解釈」に影響を及ぼすことを示していると脳科学の世界で言われています。
この現象を心理学の側面から捉えると、解釈の変容はバイアスと言われる偏見や固定概念が外界に認識にフィルターを掛けて認識を意図的に変化させてしまうことが起こります。この脳科学と心理学の2つの観点から観察力を考察していきます。
脳科学の観点
視覚は脳科学の観点では、目に映る一次情報を脳で一旦、情報処理が行われます。つまり、脳が情報を効率的に処理するため、学習や経験を基にした解釈が優先されると言えます。
しかし、視覚に入る情報を毎回、身体へ指示を出していては時間が掛かり過ぎるため、学習や経験などの知識を利用して脳が先行し情報処理を行うショートカットとなるバイパスの仕組みがあると脳科学者の池谷裕二氏は著書「進化しすぎた脳」で解説しています。
目に入った光をどう解釈するかというのは、この「私」が意図的に行っているんじゃなくて、あくまで「脳」が行っている。「私」という存在は、その脳の解釈を単に受け取っているだけであって、脳が解釈したものから逃れることはできない。「見る」という行為は結構不自由な行為だと思う。
出典:「進化しすぎた脳」 池谷裕二 著者 講談社 2007年
例えば、野球で打者がボールを打つ場合は、全ての球筋を肉眼で捉えている訳ではなく、ピッチャーの様々な身体の投球フォームの情報から脳内で球筋を予測してバットに当てる反応が起こると考えられます。これは、繰り返したバッティング練習でたどり着いた反射運動の感覚と考えらます。
心理学の観点
観察において冷静で客観的な視点が重要と言われますが、その理由には前述した、偏見や先入観(Bias: バイアス)の存在があります。これらは無意識に働くため、完全に取り除くことは困難でもあります。ただ、必ずしも先入観は完全な悪でもありません。
時には、感情や信念などは外界の不要なノイズを遮断し精神を安定させて保護する役割があると言われています。また、判断時間の短縮化やモチベーション維持などにもバイアスが好意的に利用されているとも考えられています。
いずれにせよ、自分自身がどのような認知バイアスを持っているかを知る事で、適切な観察活動の遂行が可能となります。
代表的な「認知バイアス」の例
都合の良い情報だけを集め決断を有利に解釈する「確証バイアス」や、結果から全てを予測していたように振り返る「後知恵バイアス」、また先に得た情報の印象が後の判断に影響を与える「アンカリング効果」など、約100種類以上の認知バイアスが存在すると言われています。
信念や固定概念などそれらレンズを通した世界の見え方が変化することを意識しつつ、多様な観点が存在することを意識しておくことが観察において重要になります。
自問と仮説による観察の検証サイクルを繰り返すことで、無意識のバイアス作用や脳の解釈を緩和しながら観察の阻害要因を防いで洞察を導く
コラム|選択的注意の調査「見えないゴリラの実験映像」 (クリックで表示)
観察を妨げる要因の一つに心理学の観点で、視野や意識が限定される選択的注意(selective attention)が存在します。一部に意識が集中し過ぎると、他の状況に気づきづらくなることを証明した「見えないゴリラの実験」が有名です。
この実験では、被験者はビデオの中で白と黒の服を着たチームに分かれてボールをパスしている映像を見ながら白服のチームがボールを何回パスしたかを数える実験です。
参加者の半数近くは、ボールのパスを数えることに集中して映像内の異変に気づかけませんでした。
この仕組みは、マジシャンが観客の注意を他に引きつけて仕掛けに気づかせないために使うミスディレクションという手法としても有名で選択的注意の仕組みを利用したものです。
※実際の実験映像。(1分22秒)
次項から、ビジネスに活用する観察力について解説していきます。