UXデザインが変えるDXの成功法則:顧客体験と経験価値の重要性

目次

DXを支えるUXデザインの概念

「経験価値の5要素」

UX(体験設計)の理解をさらに深めるために、『経験価値マーケティングの著者であるアメリカの経営学者、バーンド・H・シュミットが整理した経験価値を構成する5つの要素を紹介します。

シュミットは経験価値を心理的な側面より、「Sense(感覚的)」「Feel(情緒的)」「Think(創造・認知的)」「Act(行動、ライフスタイル)」「Relate(社会性)」の5つに分類しています。

特に、昨今注目を集めている環境保全を意識したSDGsのような企業活動は、「Relate(社会性)」に分類される属性意識を表す提供価値と言えます。この経験価値の5軸からスターバックスと千利休の経験価値を比較して見ていきます。

事例:スターバックスと千利休の「経験価値」比較

マーケティング観点で考察すると、ヒットしたサービスや商品などをこの5つの経験価値パラメーター(視点)と合わせて確認すると特徴となるストーリーが浮かび上がります。この5つの経験価値より、スターバックスと千利休の侘び茶を考察していきます。

スクロールできます
スターバックスの経験価値(ストーリー)
Sense
(感覚的)
モダンなインテリア、アートで創造的な装飾、ジャズがBGMに流れる室内、禁煙空間
Feel
(情緒的)
街中で一人でもくつろげる心地よい居場所
Think
(創造・認知的)
権威と専門性を感じさせるバリスタの配置
Act
(行動、ライフスタイル)
通勤前や仕事の合間の気分リセット
Relate
(社会性)
自然志向な商品構成やクリエイティブな属性を気軽に楽しめるステータス
スターバックスの5つの経験価値
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千利休の侘び茶の経験価値(ストーリー)
Sense
(感覚的)
簡素ながら季節や生命を感じさせる庭の草木や生花、質素ながら滋味深い茶器
Feel
(情緒的)
茶室が胎内を思わせる狭いながら身分の隔てを取り払う親密性への配慮
Think
(創造・認知的)
無駄の無い所作と道具や料理に対する主人の深い含蓄
Act
(行動、ライフスタイル)
戦国時代の緊張の中でつかの間の落ち着きや悟りを促す癒し体験
Relate(社会性)君主が傾倒する茶具に宿る美意識の同調と審美眼を共有して得らるステータス
千利休の5つの経験価値

どちらも喫茶行為でありながら、当初はステータスや憧れという価値訴求が強かった側面も考えられます。しかし市場に浸透する内に、共通したポイントは、経験価値との相乗効果で共感を獲得して市場に定着したと推測します。

新たな経営課題

その他に体験設計の手本としてApple社の発売戦略が、購入前、購入時、購入後の連続した時間軸でイベント性やアフターサービスなど一貫した体験設計で情緒的共感を生み続ける経験価値の提供が有名です。

これら経験価値と体験設計の重要性、B2C企業だけでなくB2B企業も同様に捉えるべき経営課題と考えます。何故なら前述したように企業と生活者との関わりは、環境意識などのSDGs課題により密接で包括的な関係にあると言えるからです。

ここまでで、テクノロジーとひとの関係によるUXデザインの関係と重要性を見てきました。次項ではDX導入による具体的な阻害要因や失敗事例を見ていきます。

DXを成功させるキーポイント

注意点とDX失敗回避のための要点

3つの阻害要因

主に社内向けDX導入の動機においては、社内のワークフローの仕組みや管理などをデジタル化に置き換えて作業効率や経費削減など運用効率の向上に意識を向けがちになります。

DX導入の成功には、ステークホルダーの経験価値や負の感情(ペインポイント)を慎重に洗い出し、それらを解消するシステム設計と機能要件の整理が鍵となります。ここでは、DX導入におけるユーザーの体験設計を阻害する主な3つの要因を整理していきます。

1. 組織構造と軋轢:意思統一の仕組みと全社統一したオペレーション

DXが上手く推進できない主な要因と言える部門間の分断化があります。中小企業であれば、経営者の考えを現場やフロント/バックオフォスに周囲伝達する速度と統制は容易です。しかし、大手企業ではサイロ化をトップダウンで組織横断するクロスファンクショナルのチーム編成が必要になります。首尾一貫した体験設計と全社オペレーションの意思統一がDX導入の成功には必須です。

その際に、外部ファシリテーターや専門家の支援を受けます。その際に、プロジェクトの目的を明確にし、対象ステークホルダーのジャーニーマップなどの作成支援をおこないます。

ポイントは、内部主導で進行しつつ、全社に「自分ごと化する意識」を根付かせることが成功への重要な鍵となります。

2. コスト構造と利益

一般的な企業では、投資額の回収年月を3年、5年などの中短期間で数値化して評価します。しかし、実利益の数字だけでない利用者の利便性に関する情緒を表す指標を設けて定常的にユーザー満足度を計るNPS(ネットプロモータースコア)指標などで全ステークホルダーから評価を定点的に確保することで直ぐに効果や成果の判断が付きにくいコスト構造以外を指標として数値化して評価を試みます。

特に目に見えづらいコスト構造の発見や新たなエコシステムによる利益拡張なども事前に討議を行い洗い出しを検討します。

例えば、カスタマーセンターの顧客ログデータを分析して商品開発に活用したり、カスタマーサクセス部門と連携してクロスセルやアップセルの機会を創出したりすることで、新たな収益源を確保できます。

3.首尾一貫した体験の勘案

顧客第一主義を重んじるばかりで、体験設計に運用や保守、内部人材への配慮の優先順位が下がる場合、特に顧客接点となる現場での対応に影響を及ぼすリスクが潜在する。フロントやバックオフォスとの運用保守の矛盾のない一貫性ある機能の提供がおこなわれているか、ビジネス要件を考える時に内部ステークホルダーのヒアリングにより体験設計の抜け漏れや矛盾を事前に洗い出して機能要件の参考にします。

顧客向けモバイルのアプリの運用フローでは、運用現場のオペレーションと機能要件が乖離することが発生しがちです。特に、日常業務に翻弄して社内で現場のヒアリングを賄う場合に新人社員に全てを任せるケースを散見することもありました。

費用を掛けてデジタル技術を導入しても利便性が低く利用されなくなる”未利用システム”を防ぐためにも、「1.組織構造」の課題と合わせてサービス全体像を俯瞰した首尾一貫する体験設計をビジネス要件や機能要件に落とし込むことが肝要になります。

組織理論の効率や経費削減だけでなく、利用者となる内部ステークホルダーとの共感を生む情緒的な体験設計を合わせ持つことがDX成功の鍵

最後に、阻害要因を踏まえて2つのDX導入の失敗事例でUXデザインの重要性を考察していきます。

失敗事例に学ぶ

連続性や一貫性の欠如

承認ワークフローの矛盾と顛末

コロナ禍の2回目の緊急事態宣言が都内で下された際、某国内のIT企業でもリモートワークが導入されました。その際に電子押印のシステム導入も敏速に導入されました。

稟議・承認の回覧もグループウェアで順調にオンラインで回覧するも、申請者が最終的に捺印したファイルを紙で出力して経理へ提出するために出社することが起こりました。当然、社員からはフローの見直しがIT部門に殺到したそうです。

この原因は、経理側の電子帳簿システムの導入が準備中であるために紙の証憑(しょうひょう)記録のファイリングの必要からこのような顛末になったようです。

今では笑い話ですが、どこでも起こりえる首尾一貫性が欠如した体験設計の失敗例です。

ドライブスルー販売方式で、最後の支払いは車を降りて店頭で代金を払わすような矛盾したワークフローにならないように「連続性」や「一貫性」を常に意識する

離反抑制の失敗

某通信&IT企業の電子マネーサービスを利用するも、登録情報の変更手続きの必要が起こりオンラインで変更を試みました。しかし、公式サイトで調べるとWEB上の問合せフォームから問い合わせてその後に担当から電話の返信を待たなければ自分では変更できなことが判明しました。

さらに、電話で折り返しの返信が来るもオペレーターには問合せ内容を初めから説明する手間が起こりました。結局、登録情報の変更はできず解約して新たに再登録が必要と分かりました。

その電話で解約の意志を伝えたが、解約手続きはネット上のフォームでしか受け付けていない旨を伝えられるという顛末。

この事例はわたしが実際に体験したことですが、必要な情報開示が最初の接点となるWEBで公開されていない問題や、コンタクトセンターの役割や定義がビジネス要件で明確化されていないと思われる運用の不明瞭な点など疑問視される問題が散見される状況でした。

オンラインで完結出来る事案か直接的な対応が必要か、本人確認の都合で対人の対話が必要なのか体験設計においてユースケース分析やユーザー課題の洗い出しを怠ったと思われる失敗例でした。

また、部署を横断する場合の引継ぎ方法などでは、体験の一貫性と連続性でユーザーの感情に作用する経験価値で負の影響を及ぼし信頼損失が起こる可能性が高いため慎重な検討が必要です。

どのようなテクノロジーを活用したサービス提供を施しても、ユーザーとの適切で首尾一貫したコミュニケーションや経験価値が提供できなければDX導入やデジタル技術の活用は意味をなしません。成功の鍵は、全社でサービスデザインの全体を把握した上でのワークフローを構築し共有することです。

分断した組織内部の構造や軋轢は、DX導入前に整理すべき最重要の課題

まとめ

DX導入の成功に向けた体験設計の極意

経営者やリーダーにとってDX導入は、生産性や業務効率の向上などで重要な経営課題ではあります。しかし、単にデジタル化による合理性を捉えるだけでなく経験価値を生み出す体験設計を整備し構築する意識を先に持つことで、組織内に潜在する新たな問題発見にも繋がります。

特にデジタル技術のDX導入では、前述した経費削減や効率化の改善施策として注目されることが多くあります。しかし、DX導入における経営改善と全ステークホルダーが共有する経験価値は感情指数とは必ずしも比例しません。

DX導入が諸刃の剣となることも留意しつつ、組織横断で体験価値の向上に取り組む意識と仕組みが成功の鍵です。それは、実際のP&L目標(損益計算)の設定だけでなく、社内外の全ステークホルダーとの共感醸成が達成されているかをモニタリングし、DXを技術改革で終わらせず、サービス提供と捉え直して事業継続の礎を継続して築くことが必要になります。

総括:なぜDX導入が失敗するのか:UXデザインの体験設計と経験価値
  • 経験価値はデジタル技術の浸透により情緒と共感に敏感に影響を及ぼす
  • 感情を起点にした共感は、経験価値を基にした体験設計から生まれる
  • 情緒に訴えかける5つの経験価値は相互に影響しストーリーとして記憶に残りひとを惹きつける
  • DX導入は組織側の効率や経費削減だけが目的でなく、利用側である全ステークホルダーとの信頼や共感を生む
  • 経験価値は首尾一貫し連続性を保つことで良質な体験の提供となる
  • サービス利用者の行動分析と定義を明確にし、各ステージごとの課題を整理し対策を準備する
  • 一貫性や連続性を保つには、全社横断で取り組む組織改革が重要
  • 全ステークホルダーとの共感醸成が提供サービスの質を向上させ継続した事業経営の礎となる

参考文献

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アイキャッチ画像|DX導入における経営者やリーダーが理解すべき課題:「経験価値」と「体験設計」

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