デザイン思考やユーザー調査で誤解されがちな「共感」の本質と役割

生前、ゴッホの村における理解者である郵便局員の肖像画

デザイン思考では実施プロセスの最初にユーザーに対する「Empathy (共感)」から始まり、そこから問題発見や仮説立案を導きだしていきます。

また、製品やサービス開発など、事業計画のビジネスプランを考える際に行われるユーザー調査やインタビューの実施で対象者に「共感」することで深い洞察を見出すことが重要視されてきました。

ほかに、顧客体験の構築や向上、職場環境の改善やチームビルディング、そして、組織のチームビルディングなどにも「共感」というキーワードが頻繁に使われています。

しかし、ビジネスにおいては単に感情面に寄り添う「同調」や「同情」という広義の意味として使用をされているケースも見かけます。

今回は、ビジネスで問題発見や課題解決で活用する「共感」の本質を探索していきます。キーワードは、思い込みを捨てゼロベースで前提情報を見据えて深層を探究する「視点の深化」です。

目次

日・英翻訳における「共感」の誤訳

2種の英単語のニュアンス違い

「共感」の英訳を和英辞書で調べると、EmpathySympathyの単語が充てられています。しかし、これらの言葉を一言で「共感」と解釈するだけでは単語の細かな意味の違いを見失います。

ちなみに、デザイン思考の最初のプロセスではEmapthyが使われています。まずは、Sympathyとのニュアンスの違いを考察していきます。

感情に寄り添い一体化する「Sympathy」

Sympathyの言葉の起源は、16世紀頃に使われ出し、忠誠心や団結、調和などEmpathyよりも古くから存在し、相手への同調や忠義を示す一般的な意味の共感を表していました。以下は、米国のメリアム・ウェブスター辞書の抜粋。

Sympathy has been in use since the 16th century, and its greater age is reflected in its wider breadth of meanings, including “a feeling of loyalty” and “unity or harmony in action or effect.

Merriam-Webster.com

語源は、ギリシャ語の”sympathēs “に由来し、接頭語の”sym“は、英語で”with”を示し、語幹の”pathēs “は、”feeling(感情)”を意味します。つまり、他者の感情や考えに同意や同調する意味となります。

感情の背景を理解する「Empathy」

Empathyは、20世紀初頭のギリシャ語 “empatheia “を語源としています。接頭辞の”em“は、英語の”in”を意味し、語幹部分の“patheia“はSympathyと同様に”feeling(感情)”を意味します。

Empathyの言葉が生まれた背景は、ドイツ語 Einfühlung (“feeling-in” or “feeling into”)を英語に翻訳する時に作られました。主に哲学や心理学などの専門用語に利用されてきました。※米国のメリアム・ウェブスター辞書の抜粋。

Empathy was modeled on sympathy; it was coined in the early 20th century as a translation of the German Einfühlung (“feeling-in” or “feeling into”). First applied in contexts of philosophy, aesthetics, and psychology, empathy continues to have technical use in those fields that sympathy does not.

Merriam-Webster.com

そして、その意味は「他者の心の中」を観察し理解する行為であり感情や経験した内容を「想像し理解する能力」となります。※英国のオックスフォード辞書の抜粋。

the ability to understand another person’s feelings, experience, etc.

Oxford Learner’s Dictionary

「共感」という日本語からは、一般的には相手の気持ちに寄り添う姿を思い描く印象が強く感じられます。この意味では、英語のSympathyが適切な単語となります。

しかし、ビジネスシーンで問題解決などに必要な「共感」は、必ずしも感情移入し同調するのではなく相手の感情やその背景を理解するために洞察する行為となるEmpathyが適切な単語と言えます。

デザイン思考やユーザー調査などで、相手に「同調」や「寄り添う」という文脈で「共感」が使われている書籍を見かけます。これは原文や本来の語源の認識不足が原因と考えられます。

ビジネスにおける「共感」の本質

「共感」が求められている時代背景

従来より市場調査の一環として、ユーザーインタビューなどが行われてきました。昨今では、IT分野における人工知能やセンシング技術など新興技術、通称、EmTech(Emerging Technology )の台頭と日常生活へ浸透してきました。

その中、ひとを中心に据え行動心理を考慮した上でデジタル環境の構築を試みる「人間中心設計(HCD)」が再注目されデザイン思考などでも活用されています。

潜在ニーズの理解を深めるフレームワーク

提案する価値のギャップを可視化

デジタル環境の広域な生活環境への浸透で、ユーザーの抱える問題の発見や課題解決を導くために、対象者の理解を深める必要が増していきます。その問題解決の枠組となるフレームワークが海外より紹介されてきました。

主なものでは、ユーザーや顧客像を具現化するペルソナ設定後の「共感マップや「バリュー・プロポジション・キャンパス」などのフレームワークが有名です。

提供価値(バリュープロポジション)と対象者の恩恵(ターゲットプロファイル)が利害一致して適切な価値創造が成る対峙構造のイラスト
出典:アレックス・オスターワルダー著『バリュー・プロポジション・デザイン(2015)翔泳社

これら以外にも、想定する対象者の一連の行動と感情を仮説化して課題を可視化する「カスタマージャーニー・マップ」など、サービスや商品開発や事業のイノベーション構築で”ひと”(=対象者やユーザー)を中心に提供価値のギャップやシステム側の一方的で使いづらい仕様の排除のために人間中心の共感の研究が実施されてきました。

次に、心理学の観点から「共感」を再整理していきます。

心理学における2種類の「共感」

「情動的共感」と「認知的共感」

心理学や認知科学では、「共感」に対する厳密で細やかな定義や解釈が存在します。ここでは、主に2種に分類して解説します。

1. 情動的共感:Sympathy

相手の感情を察しくみ取る(=感情移入・同調):例)気遣いなど親身なサポートや信頼構築を必要とする看護など

2. 認知的共感:Empathy

相手の立場で状況を理解する(=視点取得・実感):例)現状把握と問題解決を目的とする医師やカウンセラーなど

相談や物語へ感情移入することは、「1.情動的共感」に分類され、広義な意味で認知されている「共感」です。それに対し、問題発見や解決へ繋げるために対象者へ調査・分析で対象者へ理解を深める手段である「共感」は、「2.認知的共感」と言われビジネスシーンで必要とされる能力です。

ポイント

認知的共感は、対象者の潜在的意識の理解であり、意見や行動の支えとなる無意識の価値観を炙り出す洞察力でもある

相手の視点で探る

相手の考え方を理解するには、自分の思い込みから離れて相手の立場で対象者の言動を探ることが必要となります。なぜなら、他者の言動へ早計な判断評価を下す思い込みなどの認知バイアスの心理が存在します。

相手の言動を適切に理解するには、自分自身の思い込みを排除した上で相手の「ものの見方」に向き合う姿勢が重要になります。

ウィーン生まれの心理学者アルフレッド・アドラー(1870-1937)は、共感することを以下のように表現しています。

他の人の目で見て、他の人の耳で聞き、他の人の心で感じる

アドラー人生を生き抜く心理学」」NHKブックス 2010年

ここでは、ビジネスで必要となる「共感゠Empaty」を「他者の言動を、相手の視点を通して理解する」行為と定義し、その要素や具体的な実施方法の解説をしていきます。

問題解決における「共感」は、他者の立場の背景に潜む価値観を相手の視点で理解を深める探索活動

共感の3要素

Emapathyの「共感」を深める要素として、1.観察力、2.想像力、3.表現力の3要素が存在します。

1. 観察力事象の状況や変化を客観的に感じ取るセンサーシステム
2. 想像力相手の立場で感情や状況を読み解くための仮説思考
3. 表現力相づちや表情で相手へ理解を示す相手の感情の翻訳機能
共感の3要素

観察や想像は他者の状況を把握する手段ですが、表現は、対話や傾聴において他者の信頼を獲得して対話を円滑に進める技術です。

特に優れた観察眼は、「問い」と「仮説」を反復させて気づきや学びを導く行為と言えます。繰り返しになりますが、これは洞察を導くための行程とも言えます。

観察における「問い」と「仮説」を繰り返して発見へ導く検証サイクルのイラスト
『観察力を高めてビジネスに役立てる「思考の第一矢」』より:詳細ページへリンク

1.観察力

「問い」からはじめる探究

まず最初の要素となる観察力は、周囲へ興味関心を抱き状況を感じ取る敏感なセンサーシステムの役割を持ちます。ちなみに興味関心を抱くことは、相手の言動に賛同する事とは異なります。

必要なのは相手の立場で「なぜそういう言動なのか」という潜在的な根拠へ興味を向けることが観察の第一歩であり、前出の「検証サイクル」図における「問い」の部分にあたります。そして前述したように、相手の立場や視点で事象を「観る」ことが観察のポイントとなります。

※ “興味関心”に関する詳細は本稿の後半、「興味関心を向けるべき対象に掲載

2.想像力

言動の背景に潜在する情報の解像度を高める

想像は、相手の状況を読み解くための仮説を立てる工程で前出の検証サイクルの図で、観察から導き出す「問い」と一対をなします。観察から湧き上がる問い(疑問)に対し、他者の言動の根拠を相手の視点で想像する行為です。

注意点は、自身の偏見などの思い込みを排除しあくまで対象者の立場で言動の根拠を掘り下げていく思考です。また、目に見えない潜在した部分に判断基準となる言動の前提情報が存在します。

言い換えれば、他者の言動の基となる価値観です。この情報の解像度を上げていく能力が仮説を支える想像性や洞察力です。

※詳細はこの後の、「「共感」から読み解く判断基準や価値観項目で解説しています。

3.表現力

信頼を示し発言を促すコミュニケーション

言葉における表現のポイントは、肯定的に発言を受け入れを示す言語を用いることです。否定的な言葉や早計な評価、また、傾聴に不要なアドバイスなどもNGです。

相手の意見を聞きながら、自分の感想を述べるときは決めつけを感じさせないように配慮した、「もしかして、○○○ということですか?」などの間接的な表現で相手に確認を促します。

また相手の発言を繰り返すことで、相手の話を理解する姿勢を示し信頼の構築でさらなる深層へ対話を進めていきます。表情やしぐさにおいては、「情動的共感」を活用して相手の感情をくみ取りながら対話を継続させます。

例えば、相手の感情に同期するボディランゲージなどを意識します。例えば、相手の主張するポイントにうなずきを合わせたり、相手の感情に合わせた顔の表情を示したり、不自然にならない程度で相手の発言を促す役割として実施します。

「観察」から問いを見立て、「想像」で仮説を持ち、「表現」で深層の価値観を形成する

次項では、問題解決における共感の役割や「認知の4構造」解説していきます。

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