中小企業の競争力を高める「デザイン経営」入門:競争力強化の道

アイキャッチ画像|中小企業だからこそ競争力や継続性デザイン経営の必要における部分最適化から始める改革をイメージした、はさみなどの道具類を写した画像。
競争力や継続性を高める手段としてのデザイン経営とは?

競争力強化への道

2018年5月に経済産業省・特許庁が公表した「デザイン経営」宣言は、デザインを基点とした提供価値の見直しで競争力のある経営資源の構築を目指しています。

ここで使われている「デザイン」は、装飾や意匠における狭義の意味だけでなく、広義には、問題解決やプロダクトやサービス全般に連動する顧客の体験価値(UX)の構築、また、企業哲学でもあるビジョンや存在意義でもあるパーパス設計も内包します。

期待する効果として、ブランド力の向上やイノベーション構築などによる継続的で盤石な経営体質を目指す趣旨が示されています。今回は、中小企業などにおける「デザイン経営」との親和性を主に考察していきます。

デザイン経営の詳細な解説は、本文最後に経産省などの資料へのリンク(「参考情報」)に掲載していきます。

目次

デザイン経営とは何か?:競争力向上の鍵

経営を革新する組織体制と開発プロセスの構築

デザイナーを経営陣に招く意義

経済産業省の宣言文で記載されている概要には、デザイン責任者を経営チームへ参画して事業戦略や開発の上流工程から関与すると記載されています。

特許庁では、「デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法」とデザイン経営を定義しています。

その理由は、事業開発の初期段階からデザイナーを関与させることで組織全体で創造的なアイデアを探索し、競争優位性ある事業価値の創出が挙げられます。さらに、事業開発をデザイナーと共に進めることで、首尾一貫した成果となるデザインを創造する狙いがあります。

つまりデザイン経営とは、企業価値を向上させるために顧客ニーズにある商品・サービスの開発や競争優位性を持つブランド力やイノベーション開発でデザイン創造プロセスを活用する経営手法と言えます。

デザインの基本概念は、前述したように表層的な装飾や記号としての意匠だけでなく、課題解決のプロセスを含めた問題解決の方法論を指します。

デザイン経営を進めるプロセスでは、”アジャイル”という短期間に区切って試作・実験と修正の過程を繰り返しながら開発を遂行する手法を推奨しています。

アジャイル開発のメリット・デメリット

アジャイル開発のメリットは、開発スピードの速さと仕様変更に柔軟に対応にあり、ユーザーニーズを取り込みやすいというメリットがあります。その反面、全体のスケジュールやコストの管理、方向性がズレやすくなる点に注意が必要になります。

この組織体制と新しい開発手法がデザイン経営導入の根幹です。そこから、競争優位性を生む、ブランド価値とイノベーティブなプロダクト・サービスを創出する土台が築かれます。

デザイン経営の導入における中小企業の成功事例

1.八幡ねじ株式会社:革新への道

ねじ業界の未来を切り開くデザイン経営

1946年創業、愛知県北名古屋市に本社を構える八幡ねじ株式会社は、ねじ製造を基盤に商社機能を併せ持つ企業です。国内外で約1000人の従業員を抱え、年商250億円。現社長の鈴木則之氏(3代目)は、「三方善」の創業理念を基にデザイン経営を推進。パッケージデザインの刷新やDIY市場への対応でグッドデザイン賞を受賞するなど、伝統と革新を融合させた経営を展開しています。

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背景ねじそのものでは差別化が難しく、価格や品揃えの競争だけでは限界がある
DIYブームの広がりに伴い、一般消費者がホームセンターでねじを購入する市場が拡大
課題一般消費者にとって適切なねじの選択が難しく、購買体験の向上が求められていた
企業としてのブランド価値を高める一貫性あるデザインが不足していた
取り組み1996年にデザイン経営を本格的に導入し、企業ロゴ、パッケージデザインを刷新し、顧客接点に統一感を持たせる
無駄を削ぎ落とした機能美」を軸に製品設計を改良
成果ホームセンターでの売上拡大と一般生活者からの支持を獲得
2019年、2つの製品でグッドデザイン賞を受賞し、デザイン経営の成功事例として評価
ブランド価値が向上し、企業としての認知度と市場競争力を強化
参照元:朝日インタラクティブ「『見た目の美しさ』だけじゃないデザイン経営 ものづくり企業
デザイン経営の導入ポイント:

「機能美の追求」という方針は、単なる美的価値の提供ではなく、消費者の利便性や直感的な理解を重視した実用的なデザイン経営の一例です。この視点は、他の製造業にも応用可能です。

また自社でマーケティングや企画を行うようになり、下請けの立場からの脱却など成功を収めます。また、デザイナーを入れて終わりではなく、地域社会のモノづくり中小企業とワークショップを開催しネットワークを構築。地域のものづくり企業との共創を進め地域経済へも影響を広めた点が特質されます。

2. Suosikki:伝統技術と革新技術の融合

伝統をデジタルで変革

京都発の若手漆器ブランド「suosikki」。伝統技術と3D-CADや3Dプリンタなどの最新技術を融合し、カラフルで日常使いできる漆器を提案。色漆の精密な配合管理やガラスへの漆塗りなど、革新的な技術で現代のライフスタイルに寄り添う新しい価値を創造しています。

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背景伝統的な漆器は特別な場面で使用されていた
若い世代にも受け入れられ、日常使いを促すために新しいデザインや色合いが必要
課題漆器の魅力をうまく伝え、日常生活に溶け込むデザインや機能性を持つ漆器を創出
デザインから制作までを一貫して行う体制
手作業の良さを活かしながら、現代的なニーズに応える製品開発
取り組み3D-CADや3Dプリンタを活用し、効率的な製品モデリングと試作を実施とイメージの立体化によるデータ共有で時間コストの削減に繋げる
色漆を積極的に使用し、従来の黒や赤だけでなく、多様な色合いの漆器を展開
工場の外観や製品の視覚的な魅力を高めるために、デザインと品質を統合した新たなブランド戦略を導入
成果デジタル技術の導入でデザイン検討の手戻りが少なく迅速にデザイン決定ができる
日常使いできるカラフルで魅力的な漆器が新たな市場を開拓し、多くの支持を得る
デジタル技術による効率的な生産プロセスが確立され、生産性を向上
デザイン経営の導入ポイント:

デジタル技術の導入により、形状の修正やバリエーション検討が容易になり、原型作製の手戻りが減少して作業効率が向上しました。また、ツールのオンライン機能を活用することで、遠隔地間での迅速な情報共有や意思決定が可能になり、移動時間や経費も削減、さらに、デジタルデータによる管理で寸法精度が向上しました。この視点は、他の製造業にも応用可能です。

デザイン経営のメリット・デメリット

デザイン経営の導入におけるメリット、デメリットのまとめを3つの観点:「導入」、「実行プロセス」。「目的別」で見ていきます。

1.導入における検討事項

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視点メリットデメリット
競争力企業の独自性を高め、競合との差別化が可能実践にはデザインの専門知識やリソースが必要
ブランド価値顧客との信頼構築やブランドの一貫性を強化できるブランド構築には長期的な投資が必要で、即効性に欠ける場合がある
顧客体験UX向上により顧客満足度が高まり、リピート率の上昇が期待顧客ニーズを正確に把握するためのリサーチなどが不可欠でコストが掛かる
イノベーション組織内に新しい発想や価値観を取り入れることで事業機会を創出組織変革には経営者や従業員間の調整が必要で、時間を要する場合がある
社員満足度デザイナーや社員の役割を重視することで、働きがいのある環境を構築可能デザイン経営に不慣れな社員の抵抗や適応の課題が生じる可能性がある

2.実行プロセスの検討事項

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視点メリットデメリット
導入期独自のビジョンや方向性を設定できる導入初期段階での投資コストが高い場合がある
運用期組織全体でのプロセス改善や効率化が期待できる継続的なプロセス評価や調整が必要で、人的リソースが求められる
成果段階ブランド価値や競争力の向上が実現し、長期的な収益改善に寄与成果が出るまでに時間がかかり、短期的な結果を求める環境には不向き
社会的影響続可能性や社会的価値の創出に貢献し、企業の社会的責任を強化できる環境配慮や社会的視点を含むデザイン戦略には、追加の専門知識と投資が必要となる場合がある

3.目的別の検討事項

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視点メリットデメリット
新規事業開発デザイン思考を取り入れることで、顧客ニーズに即した製品やサービスを開発可能開発プロセスが複雑化し、全体のスピードが低下するリスクがある
既存事業の改革顧客体験を再設計し、既存事業の収益性向上を図ることができる従来のプロセスや慣習を変更する際に、内部での摩擦が生じる可能性がある
ブランド戦略一貫性のあるブランドメッセージが構築され、顧客の信頼を獲得ブランド再構築には時間がかかり、計画的な取り組みが必要
採用・人材活用デザインを重視する企業文化が魅力となり、優秀な人材の獲得が容易になる全社員に対してデザイン経営の理念を浸透させるには、教育や訓練のコストが発生する

次項では、デザイン経営の課題と対策を見ていきます。

デザイン経営導入の壁

中小企業が乗り越えるべき8つの課題

大手企業や国内IT企業でも、デザイン経営に取り組み出す企業の事例が増えてきました。私も2018年以降、外資系製薬会社や消費財製造業、国内の自動車メーカやノンバンク企業などででもデザイン経営の導入に関わってきました。

その多くの場合では、デジタル技術への移行(DX:デジタルトランスフォーメーション)をきっかけに、提供価値と利用体験の向上を検討していました。特許庁が2020年3月に報告している「『デザイン経営』の課題と解決例」に現状の課題として、以下8つ課題を掲げています。

『デザイン経営』の課題と解決例:2020年3月 特許庁発行より
  1. 経営陣の理解不足
  2. 全社的な意識の不統一
  3. 用語・理解の不統一
  4. 専門の人材不足や新規登用
  5. 短期間での効果
  6. 組織体制や評価指標
  7. ビジネスと平行する改革業務
  8. 既存プロセスへの組込み

上記8つの項目を見ていくと、日本の組織が特に苦手とする素早い意思決定や新たな事業展開に対する組織の硬直化が容易に想像されます。

これらの主な原因として考えられることは、過去の成功体験という企業文化のアップデート作業が組織規模と比例することも推測されます。

デザイン経営の効果を得るには、2年以上の中長期的な視点で企業文化や社員の意識改革といった定量化しづらいデザイン組織の基盤を定着させる必要があります。

このデザイン経営における土台を築きながら、利益面での定量化できる軸を設けて段階的にデザイン経営を評価する流れが必要になります。

中小企業の強みを活かしたデザイン経営戦略

スピードと柔軟性の活用

新たな取り組みを大きな組織で行うには、組織の力学に阻まれることがよく起こります。経営者がある程度、舵を取りながら進めるのは理想です。また、意思決定に時間がかかってしまうようでは、どのような優秀な人材を外部から招集しても効果が得られません。

そういう意味では、意思決定の速さという観点では中小企業など組織規模から新たなビジネス展開に向けてデザイン経営の素早い決断などは有利と言えます。

また、必ずしも新たなデザイン経営を推進する専門人材を内部に雇用する必要はありません。外部の専門家などを導入期や内部に定着させるまでの期間に活用すればいいと考えます。それではもう少し、導入方法を整理してみましょう。

中小企業がリスク最小化で成果を上げるスモールスタート

ブランド力やイノベーション能力の下地作り

大手企業であれば、担当の部署、担当者がブランドの場合は広報など存在し、イノベーション推進室などが既に存在します。中小企業の場合は、まずは今後の経営の主軸を既存の事業中心に進めるか、新たな事業展開を全面に立てながら進めるかを決めます。

もちろん、既存事業の方向転換などの緊急の経営課題でない場合は「両利き経営」として既存事業を中心に新規事業への資源導入の配分を検討します。それにより、ブランディングの見直しイノベーションの構築など資源配分の明確化により投下すべき資産の集中投下や確実なステップで不必要な投資を軽減していきます。

起業して間もないスタートアップ企業や地方自治体であれば、まずはブランディング観点からデザイン経営を導入して目指すべきゴールのイメージを明確にするための下地作りから始めて行きます。

まとめ

段階的なデザイン経営導入のロードマップ

デザイン経営の概要と主な課題を紹介しました。中小企業や新興企業などは経営者の判断で素早く行動に移せる組織構造でもあるため、デザイン経営は比較的に導入し易いと考えます。

以下に、デザイン経営導入のロードマップとなる階梯を紹介します。

総括:デザイン経営導入の成功5ステップ
  • 経営の上流部分からデザイン人材を関与する事で競争力あるブランドやイノベーションの基盤を固める
  • 組織構造と事業プロセスの2つの面を考慮しデザイン人材の登用を検討
  • 意思決定を阻害する課題として主に、社内意識の統一、人材育成、評価方法、導入・組み込み方法などがある
  • 経営者による素早い経営判断が可能となる中小企業などは、導入障壁もある程度は低い
  • 既存事業と新規事業の資源配分を明確にし、必要最低限の投資資産を確保

参考情報

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