デジタルトランスフォメーション(DX)の導入において、操作性(UI)やユーザー体験(UX)などのデザイン(設計)やデザイン経営との関係が重要視されてきました。
「デザイン」という言葉に対して多くのひとは、装飾やスタイル、造形美などビジュアルの形成 (=意匠)を主に思い起こすのではないでしょうか。特に、一般の企業ではこの傾向を強く感じられます。
今回は、「UXデザイン」においてデザインの本質を整理しながら新規事業やシステム、アプリ開発で重視される「UI/UX」を経営層やノンデザイナーに向けて組織内にデザインの本質の理解を深めてもらう実践ポイントを解説していきます。
キーワードは、提供すべき適切な経験(=体験)価値を生み出す「視覚化された仕掛け」の構築です。
デザインの誤解と本質
デザインの基本概念
一般に認知されているデザインとは、狭義における装飾表現やスタイルと考えられているケースが前述したように多く見受けられます。
本来、デザインの語源はラテン語のdesignare (デジナーレ)の「計画を記号に表す」に由来します。これは、一般的な広義の意味あいとして問題解決に向け情報を整理して適切な形状や表現を施す行為と言えます。
言い換えれば、形状や色、造形や技術などを用いて目的を達成する全工程を「デザイン」と表せます。
因みに、デザイン専門の教育機関でデザインを学ぶ場合、「ビジュアルデザイン」、「プロダクトデザイン」、「スペースデザイン」の3分野に分れて主に平面(2D)と立体(3D)の制作に従事します。
人間中心設計(HCD)の理念
あらゆるデザインに共通する理念として、「人間中心設計」(HCD: Human Centered Design)が存在します。その歴史は、1900年代の産業革命を背景とした生産性の向上やその後の人間工学の発展を背景として生まれてきました。1970年代後半のコンピューターの誕生から「ユーザビリティ」への注力と研究がHCDの大きな転換期と言われています。
デザイン発展の過程
デザインの意味や領域は、時代によって変化が見られます。2004年に米国カリフォルニア州のスタンフォード大学で、院生向けのイノベーション研究プログラムから、Hasso-Plattner Institute of Design at Stanford(通称、d.school)でイノベーター養成の研究機関が設立されデザインの価値が見直されていきます。
SAPの共同創業者であるハッソ・プラットナー(Hasso Platner)氏は2003年、約39億円の私財を投じ、デザインコンサルティング会社「アイディオ(IDEO)」の創業者であるデビッド・ケリー(David Kelley)氏と共同で、スタンフォード大学のデザインスクールである「d.school」に投資した。
引用元:ITMedia 「イノベーションを生み出すデザイン思考とは」 より
そこでは、医学、法律、工学、経済など学部横断でイノベーション理論をデザイン・シンキング(Design Thinking)などの方法論を活用した学びの場を提供しました。
その後、国内では東京大学や慶応義塾大学院でも同様の学科が設立され国内で広義の意味における問題解決として「デザイン」が浸透し始めました。
外部参考リンク
このように、デザインは造形のみならず概念など価値ある意味を追求する価値創造と問題解決に役立たされていきます。次項では、価値ある意味を生み出し問題解決に導く「意味のデザイン」の事例を見ていきます。
「意味のデザイン」の事例
問題解決の具体例
問題解決におけるデザイン事例として、行動経済学のナッジ理論(Nudge:そっと肘で押す-行動を促す意味)を活用した事例をここで2つ紹介します。
1.投票型灰皿「Ballot Bin」
イギリスのロンドンの街中で、たばこの投げ捨てに年間で約1,500億円もの清掃費用が掛かり、その対策に頭を悩ませていました。
それをハバブ財団はデザインチームと共創し、街中に投票箱型灰皿「Ballot Bin」を設置し46%の投げ捨てたばこの回収に成功したました。
この問題解決のデザインで秀逸なポイントは、2つあります。1つは、罰則などを科し強制するのではなく投げ捨て行為を投票という意味の変換を施して自発的な行動変容を誘導する「視覚化された仕掛け作り」です。
もう一点は、この投票型灰皿をイギリス以外の21ヶ国にも拡張してプロジェクトを何処でも「展開できる仕組み」としての提供です。
2.好奇心で感染症を減少させる「Hope Soap」
南アフリカのケープタウンの貧民街では、衛生管理が行き届かず子供達に感染症の深刻な被害が問題となっていました。
WHOは、単に石鹸を配布するだけでなく子供達が無意識に手洗いなど石鹸の使用を定着し促進する仕掛けを石鹸に設けました。
それは、石鹸の中に小さな玩具を埋め込むことで子供達が玩具を手にするために積極的な石鹸の利用を促し行動変容を起こしました。結果、約70%もの感染症の発生を減少させました。
この2つの事例は、どちらも現状の問題を注意深く観察し理解を深めながら改善策を導くデザイン思考のスタイルを活用した事例と言えます。
共通する特徴として、無意識のうちに行動変容を起こして課題が解決される経験価値のデザイン(設計)が要となっています。つまり、参加者は自発性を持って行動して、自然に課題解決に参加する仕組みが施された経験を受け入れる優れたUXデザイン(ユーザー体験デザイン)が施されている点です。
デザイン思考の応用例
追加の事例で、ペットの健康に配慮して早食いなどを防止するペット用食器を紹介します。皿の内側に凹凸の形状を設け、外観はボウル型で起き上がりこぶしの原理で前後左右に揺れます。
これにより、あえて食器が不安定に動く事で愛犬は慎重に時間を掛けて食事に集中する仕組みが施されたデザインに仕上げ、ペットの好奇心を刺激しつつ、早食いを防止する仕掛けのデザイン事例と言えます。
優れたデザインには、よく練られた視覚化された仕掛けや持続性のための仕組みのが備わっている。
価値ある経験を提供するために、意味あるデザインの仕組み作りで問題解決に挑んだ事例でした。次項では、経験価値を生むUXデザインの基本概念や役割を解説していきます。