今回は、既存事業の成長や新規事業の事業開発を検討する際に主なフレームワークや「デザイン思考」や「アート思考」などの思考法を組み合わせて新規事業の適切な方向性を導く事業展開アプローチやパターンの特徴を整理し紹介します。
キーワードは、新規事業立ち上げの方向性を見極め見失わないための思考の「羅針盤」です。
新規事業に向けて
事業開発における多様なアプローチ
テクノロジーは生活を便利にし、デザインは生活を豊かに、そして、アートは生活に新たな視点や気づきを芽生えさせてくれます。今回は、デザイン思考やアート思考の特性を踏まえて事業構想のヒントとなる視点や発想法を紹介します。
小さな変化を生み出したいならやり方を変えればいい。大きな変化を生み出したければ見方を変えなければならない。
ゲイブ・ブラウンの『土を育てる』 より
この言葉は、環境や温暖化に配慮したリジェネラティブ(循環型農業)の第一人者である米国の農家ゲイブ・ブラン氏の著書からの引用で変革に必要な心構えを表した言葉です。
新たな事業開発が必要な場合、組織規模に関わらず経営者として新たな事業のアイデアは最重要な課題です。しかし、新たなてアイデアを探し求めても、手探り状態で暗中模索を抜け出すことは容易くありません。
新規事業立ち上げを登山に例えると、山頂を目指すにもいくつかの登頂ルートやアプローチが存在します。現状の状況を把握し適切な事業構想のアプローチを理解しルート選択をすることは、迷走しない事業構想のために欠かせない最初の意志決定です。そのために、的確なルートやアプローチを選択するためのヒントやパターンを解説していきます。
事業開発の初期準備
自社の現状を知る「外部要因」と「内部要因」分析
事前準備として、現状の経営環境を外部(環境)要因と内部(環境)要因の両側から分析を行い経営課題の整理をします。この環境分析を行う際、まずは、外部要因から分析を行います。理由は、内部要因の多くが外部環境に影響を受けている可能性が高いからです。
また、環境分析から既存事業の付加価値や自社の強み・弱みを棚卸しすることで初期の事業構想の着想を導く切っ掛けにもなり、事業展開の適切な方向性=アプローチを見定めやすくなります。
次項から具体的な分析方法を紹介して行きます、
「外部要因」の分析軸と特徴
外部要因とは、政治や経済、社会や技術革新や自然環境などを含む事業を取り巻くマクロ環境と、市場や競合他社、顧客動向などの事業活動に直接的な影響を及ぼすミクロ環境の2軸があります。
外部要因 | マクロ環境 | 政治、経済、社会変容、技術革新、エコロジー、環境問題など | コントロール不可(困難) |
ミクロ環境 | 市場、競合他社、顧客動向、代替品など |
外部要因は、自社ですべてをコントロールすることは不可能なためこれら与えられた前提条件の中でいかに最善の策を選んでいくかを求められます。
「外部要因」を分析するためのフレームワーク(思考ツール)
ビジネスにおけるフレームワークとは、戦略立案の情報整理や分析、問題解決や意志決定において思考プロセスを構造化した枠組です。ある目的に対する分析手法のパターン(=雛形)とも言えます。
外部環境分析の代表的なフレームワークでは、PEST分析 や5Forces分析 などを利用するケースがあります。組織規模があ程度の企業になると、外部のコンサルティング会社に分析を依頼するケースが多くあります。
クロスSWOT や3C分析 などは、一般の方でも穴埋め式に外部要因などの環境分析を簡易的に行えるフレームワークもあります。
フレームワーク利用時の注意点
フレームワーク利用時の注意点は、あくまで現状の情報整理と捉え、そこから導かれる課題の解釈や具体的な施策は思考を深めて検討する必要があります。また、複数の関係要因や何を分析軸に据えるかによって導かれる結果が異なる点を認識しておきます。
「内部要因」の概要と特徴
内部要因とは、ノウハウや技術である事業資産や組織・生産体制、組織構造や企業文化などです。
具体的には、経営資産はヒト、モノ、カネ、そして、技術やノウハウを指し、開発・マーケティング要因などの調達、宣伝、営業などを合わせて内部要因となる評価軸です。また、内部要因は外部要因と比べてコントロールが可能となる特徴があります。
内部要因 | 経営資産 | ヒト、モノ、カネ、技術、ノウハウ、企業文化など | コントロール可 |
開発・マーケティング要素 | 調達、物流、製造、販売宣伝、営業など |
「内部要因」を分析するフレームワーク
内部環境を分析する代表的なフレームワークとして、経営資源の競争優位性を分析するVARIO分析 や、調達、物流、製造、販売、マーケティングなどの一連の事業活動を機能ごとに分割し自社の強みや弱みがどの部分に存在するか付加価値の存在箇所を分析するバリューチェーン があります。
バリューチェーンは自社の分析だけでなく、同時に外部要因である競合他社の成功要因(=KSF)分析としても活用できます。
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コラム:独自の強みを知る「コア・コンピタンス」分析方法
コア・コンピタンスとは
自社中核的な競争優位性であるコア・コンピタンス で自社の本質的な強みである競争力(=技術力や製造能力)を確認します。
ケーパビリティとの違い
ちなみに、コア・コンピタンスとケーパビリティという「強み」を表すビジネス用語の違いは、ローレンス E.シュルマンなどが1992年に発表した共同論文”Competing on Capabilities: The New Rules of Corporate Strategy” で下記のように定義されている。
コア・コンピタンスがバリューチェーン上における特定の技術力や製造能力を指すのに対し、ケイパビリティはバリューチェーン全体に及ぶ組織能力である。
参照元「ケイパビリティ、コア・コンピタンス、その違いは?」 GLOBIS 知見録より
コア・コンピタンスの事例
例えば、ホンダが米国におけるシェアを伸ばした背景として、ホンダ技術工業が有していたコアコンピタンスは排ガス規制の厳しい基準を満たした「高性能エンジンの製造技術」です。また、ケイパビリティでは卓越したディーラー管理における全米で統一したサービス基準の提供などのビジネスプロスになります。
現在、これら用語は複数の有機的に関係する競合優位性の要素のため上記のような差違を意識することは少なくなっています。ただ、競合性の特性を理解し競争力の在り方を把握しておくことは重要です。
事業の根幹にある技術やノウハウの競争優位性を整理する手順を挙げていきます。理想は、定量的に評価項目を数値化させて競合他社と比較分析するやり方ですが、数値化が難しい内部要因や数字で把握できない要因も考えられます。
簡易的なコア・コンピタンスの分析方法
今回は、コア・コンピタンスを特定する簡便な手順を解説します。注意点は、単に自社の得意領域や重んじる信念とは異なる客観的な「他社がまねできない能力」を見極めます。
まず、自社の提供している製品群やサービスを洗い出し品目が多い場合はカテゴリーで整理していきます。町のパン屋を例に、商品群をまとめていきます。
- 1.主食パン
-
ホテルブレッド、ロールパン、フランスパン、マフィンetc.
- 2.菓子パン
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あんバターパン、クリームパン、メロンパン、クロワッサンetc.
- 3.調理(惣菜)パン
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カレーパン、ソーセージパン、ピサトースト、サンドイッチetc.
次に、主力商品や提供サービス面からその商品やサービスの特徴(=差別化要素)を抽出していきます。
例)主力製品と提供サービスから差別化となる要素を抽出:
- コア製品群
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地元名水を利用したホテルブレッド→「食材の目利き」
焦がしバター香るデニッシュ→元パティシエ経験
- 運営・サービス面
-
アプリ予約で焼きたて販売→製造管理と食材ロス軽減
近隣の宿泊施設へ卸売り→安定収益
最終的に差別化要素のリストを、将来の市場や未来の社会を思い描きながら自社のビジョンと照らし合わせて抽象化した言語へ変換してまとめていきます。
その際には、「基本の3つの観点」と「5つの詳細な視点」でコア・コンピタンスとしてふさわしいか精査します。
- 顧客に利益をもたらすことができるか
- 他社から模倣されにくいか
- 複数の商品や分野に応用できるか
- 1. 模倣可能性(Imitability)
-
事業資産である技術やノウハウが競合他社に容易に模倣されない
- 2. 移動可能性(Transferability)
-
特定分野に限らず他分野にも応用や汎用などの幅広い展開
- 3. 代替可能性(Substitutability)
-
他の技術や能力で代替される可能性が低い唯一無二の提供価値
- 4. 希少性(Scarcity)
-
市場で自社の製品やサービスの希少性は高い
- 5. 耐久性(Durability)
-
時代や流行など外部環境要因に影響を受けにくい持続性
模倣可能性が低ければ状況によっては希少性も高まるなど連動する場合も考えられます。強みの絞り込みでは、前述の主観などの思い込みを排除しながら客観的に他社より秀でている部分を中心に、類似するものはグループ化して整理します。
この自社を取り巻く環境課題と競争力を精査し理解した上で、新規事業の方向性を見定める発想のパターンを考察していきます。
事業展開の方向性を知る
3方向の事業展開パターン概要
現時点を事業の継続的な成長=「改良」ステージと位置づけ、「問題解決」と「問題提起」の水平軸と「価値深化」と「価値探索」の垂直軸から「A 拡張」、「B 進化」、「C 創造」の3方向から新規事業の展開を検討していきます。
1. 「改良」ステージ(現在地)
まずは、現在地点を既存の製品やサービスの技術面などの改善や事業成長のためのアップデートを実施する「改良」ステージとここでは定義します。
この「改良」ステージでは、小型化や省電力、または、自動化やデジタル仕様へ変更など技術や機能面、サービスや品質など既存事業の継続した改善による「連続性の価値」を提供することが主な目的です。
新規事業を検討する際、この現地点の「連続性の価値」ステージからどの方向へ事業展開の可能性が秘められているか探索します。
言い換えると、上記のような既存事業の改善施策だけでは現状の補正と捉えて事業構想の発想を更に深める必要があります。
2. 既存事業から派生する「A.拡張」と「B.進化」ステージ
既存事業から「連続性の価値」を引き継ぐ展開パターンとして、既存事業の商流を垂直統合していく「A.拡張」と、事業資産を活かして新たな市場へ展開する「B.進化」ステージが挙げられます。
3. 新規ビジネスの「C.創造」ステージ
さらに、全く新たな価値提供(=非連続性の価値)で新市場や製品・サービス開発を目指す「C.創造」があります。経営リスクの観点では、AからCへとステージはリスクとリターンの比重(=ハイリスク・ハイリターン)が高まります。
この基本展開の3ステージを基に、進むべき方法性を判断する上で役立つ思考法の組み合わせやアプローチの詳細を次項で解説していきます。