【改訂版】新規事業の立ち上げで迷走させない戦略フレームワーク大全

目次

思考フレームの使い分け − 「デザイン思考」と「アート思考」の活用法

新規事業開発では、複数の要素が複雑に絡み合うため、従来のロジカル思考だけでは限界があります。特に変化の激しい現代では、以下の4つの思考法を組み合わせることが重要です。

「デザイン思考」「アート思考」「ロジカル思考」「クリティカル思考」の思考フレームから事業構想の方向性を見出すフレームワーク。
事業の成長戦略を「拡張」「進化」「創造」の3方向で必要に応じた思考フレーム

水平軸では、既存の価値を深めるデザイン思考と新たな価値創造を求めるアート思考が配置されています。垂直軸では、課題設定のアプローチによってロジカル思考とクリティカル思考の使用比重が変わります。

既存の問題の改善(解決)を重視する場合はロジカル思考が中心となり、新たな問題設定を行う場合はクリティカル思考がより重要になります。

単体で思考フレームを利用するのではなく、進むべき方向性に合わせて4つの思考を掛け合わせて、その比重が変わることを上記の図は表しています。

中心となるデザイン思考アート思考に関して、具体的な活用法を比較します。

デザイン思考:実行可能な解決策の創出

デザイン思考の特徴

  • ユーザー視点での課題発見からプロトタイピングまで
  • 潜在的な価値観への共感による最適な課題導出
  • 問題解決と新たな価値提案への柔軟な対応

適用ステージ:主に「A. 拡張」「B. 進化

アート思考:既成概念を打破する創造力

アート思考の特徴

  • 問いから始める:前提を再構築してから答えを導く
  • 常識を疑う:既存枠組みにとらわれない視点
  • 意味を創る:新たな文脈や価値を社会に提示

適用ステージ:主に「C. 創造

クリティカル思考によるアート思考の補完:問いの妥当性を検証

クリティカル思考とは、問いを重ねることで、前提条件や扱うべき論点などの情報を吟味することで深い洞察を見出す検証法です。アート思考で生み出された革新的構想は、クリティカル思考による検証が必要になります。

問いを立てる力」と「問いを磨く力」は、新規事業における独創性の両輪となります。
アート思考が生み出した斬新な構想は、クリティカル思考による内省を経て、より社会に根ざした、意味ある事業へと洗練されていきます。

検証の観点

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コラム:アート思考を磨く「クリティカル思考」という検証ポイント

アート思考は、問いを立て直し、既存の価値観に揺さぶりをかけることで、新たな意味を創造する思考法です。しかし、創出された問いやビジョンがすべて、実行に移す価値のあるものとは限りません。

このときに必要となるのが、クリティカル思考(批判的思考)です。

クリティカル思考とは、前提や論理、価値判断に対して疑問を投げかけ、感情や直感、常識に流されず、構造的に思考の妥当性を検証する方法です。

クリティカル思考を日本語では「批判的思考」と翻訳されますが、「批判」を「非難」と混同される一面が考えられます。

「批評」の本質は、良い点も悪い点も同じように指摘し、客観的に論じることであり、知的、美的また道徳的な価値を客観的に判定する意味もあります。

批評」は良い点も悪い点も同じように指摘し、客観的に論じること。「批判」は本来、検討してよしあしを判定することで「識者の批判を仰ぎたい」のように用いるが、現在では、よくないと思う点をとりあげて否定的な評価をする際に使われることが多い。

「デジタル大辞泉」より抜粋
アート思考とクリティカル思考の補完関係

この客観性に伴う検証法は、新たな事業構想でアート思考で捻出した着想の偏りや発想の脆弱性を補正し盤石な事業アイデアに近づける相乗効果を育む思考の組み合わせです。

アート思考クリティカル思考
新たな「問い」を立てるその問いが有効かを検証する
意味や価値観を構築する前提や論理の妥当性をチェックする
枠組みを取り除く思考に穴や偏りがないかを確認する

アート思考が「創造の起点」であるならば、クリティカル思考は「実現性と社会妥当性のフィルター」です。
新しいアイデアが、誰にとって、なぜ必要か、社会にどのような影響を与えるかを見極めるうえで、この思考法は極めて有効です。

活用場面と問いの例
活用場面クリティカルな問いの例
ビジョン策定時その目的は誰の視点から語られているか
社会的課題に向き合うときこの課題は本当に解決すべき優先順位の高い問題なのか
斬新なアイデアが出たときどのような反論が予想されるか
感情的な判断になりそうなときその判断に事実やデータの裏付けはあるか

それぞれの展開パターンと、それに対応する思考法の組み合わせを以下に整理します。

思考法の組み合わせパターン

事業展開主要思考法補完思考目的
A. 拡張デザイン思考ロジカル思考実現性重視
B. 進化デザイン思考アート思考バランス型
C. 創造アート思考クリティカル思考独創性重視
ポイント

新規事業の構想では、ユーザー視点のデザイン思考価値再定義のアート思考妥当性検証のクリティカル思考など、複数の思考法を組み合わせることで、創造性と実現性を両立させた事業構想が可能となる。

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アート思考を補完する「ラテラル思考」という発想法

ラテラル思考とは何か

ラテラル思考(水平思考)は、論理的な因果関係にとらわれず、意図的に常識や既存の連想から離れた視点を取り入れる思考技法です。エドワード・デ・ボーノが体系化したこの手法により、予想外で斬新な発想を創出できます。

新規事業開発において、従来の延長線上では生まれない「突破口となるアイデア」を必要とする場面で、特に威力を発揮します。

代表的な手法とアプローチ

ラテラル思考は、ブレインストーミングなどでアイデアを発散させる思考概念です。ラテラル思考を体系化した発想の手法には、以下のような発想法があります。

SCAMPER

  • 代用(Substitute)・結合(Combine)・応用(Adapt)・変更(Modify)・拡大(Put to other uses)・縮小(Eliminate)・転用(Rearrange)・逆転(Reverse)
  • 既存のアイデアや製品を体系的に変化させる手法

ランダム刺激法

  • 無関係な単語や画像から強制的に連想を生み出す
  • 思考の枠組みを意図的に破壊する

実践的な活用場面

既存事業の転用では、保有するリソースや製品を全く異なる用途で活用するアイデア発想に有効です。例えば、製造業の技術を全く別の業界のサービスに応用する発想などです。

顧客ニーズの発掘では、潜在的なニーズに多角的にアプローチする企画立案で威力を発揮します。従来の市場調査では見えない、意外な顧客価値を見出すことができます。

課題解決の局面では、直接的なアプローチが行き詰まった際の迂回路として機能します。問題を別の角度から捉え直し、新たな解決策を発見できます。

効果的な活用のポイント

ラテラル思考は、常識にとらわれず多様に発想する手法です。その性質上、使うタイミングが重要です。

特に有効なのは、課題が明確になった後の「解決策の発想段階」です。たとえば、アート思考で既存の枠組みを問い直し、本質的な価値や新たな解釈や意味を導き出したあと、そのアイデアをどう実現するか、ラテラル思考で広く考える使い方が効果的です。

一方、課題がまだ曖昧な段階でラテラル思考を用いると、発想が拡散しすぎて方向性を見失うおそれがあります。

「問いを立て直す=アート思考」と「手段を広げる=ラテラル思考」として、段階的に使い分けることで、創造的なプロセス全体の質を高めることができます。

次章では、導き出した事業構想を判断するための評価軸の詳細を考察します。

評価軸による判断 — 成長性・実現性・独創性で測る

新規事業の立ち上げで必須の「3つの評価軸」

新規事業を客観的に評価するため、以下の3つの軸で全体像を把握します。

ここでは、これらの評価軸と各ステージとの関係性を整理し、関連する思考法やフレームワークを交えて解説します。

1.成長性:将来的な市場拡大・収益性の見込み

分析フレームワーク:アンゾフの成長マトリックス

重要な視点

2.実現性:技術的・組織的な実行可能性

実現性とは

新規事業の実現性を評価するうえで、最初に検討すべきは、既存事業とのシナジー親和性の高さです。特に、「A.拡張」や「B.進化」のステージは、着手しやすいアプローチといえます。

評価の観点

この段階では、以下の2つの階梯が重要で:

デザイン思考による実現性向上のポイント

ポイント

デザイン思考は、対象者の「潜在的な価値感」に共感(=客観的認知)することで最適な課題を導き適切な価値を提供することに長けた特徴を持つ。

独創性:市場における差別性・独自価値

独創性の本質

「独創性 ≠ 奇抜さ」であること

「独創性」は、しばしば「斬新さ」や「奇抜さ」と混同されがちですが、重要なのは文脈に根ざした“意味ある独創性”です。つまり、「誰にとって、なぜ、それが必要なのか」を明確にできることが、新規事業の質を左右します。

それは、社会に必要とされる“意味”を新たに問い直し、構築し直す行為です。また、事業の意味そのものを再設計する視点であり、将来的な市場創出や文化的インパクトを生む力となります。

成功事例に学ぶ「独創性」

◉ Dyson(ダイソン)

再解釈された意味
掃除機の「消耗品としての紙パック」は必要か?という問いから、吸引力・形状・操作体験の常識を問い直しました。

背景と成果
ジェームズ・ダイソンは、「吸引力が落ちない掃除機」というビジョンのもと、サイクロン技術を応用して製品化。紙パックを不要とし、プロダクトの機能性とデザイン性を融合させることで、「掃除機=生活家電」から「掃除機=パーソナルテクノロジー」へと再定義しました。

結果
日常的な家電に革新的技術と哲学を融合させ、プロダクトの意味そのものを変えた代表的事例となりました。


◉ LEGO(レゴ)

再解釈された意味
「子どものブロック玩具」から、「年齢を超えて創造力を育むプラットフォーム」へと価値の文脈を拡張しました。

背景と成果
経営危機を経て、LEGOは製品供給中心から「参加型ブランド」へと転換。ユーザーが製品アイデアを投稿・評価する「LEGO IDEAS」、教育機関とのSTEM連携、LEGOムービーやゲームなどのIP展開を通じて、創造力を軸とした自己表現の場としてブランドを再構築しました。

結果
単なる玩具メーカーではなく、創造性を支援する社会的インフラとして広く認知されるに至りました。


これらの事例は、単なる技術や商品の新しさではなく、“意味の再定義”を通じて独創性を価値に変換した典型例です。

評価軸の統合的活用

評価軸着眼点主要な思考法対応ステージ
成長性市場・製品の可能性ロジカル思考全ステージ対応
実現性技術・資源・シナジーデザイン思考A・B中心
独創性未知の価値・問いアート思考主にC
ポイント

新規事業を評価するには、成長性・実現性・独創性の3軸が必要です。これらは思考法とリンクしており、バランスよく検討することで、筋の通った構想が導き出され、継続的な仮説検証も不可欠です。

最後に、新規事業開発の実際の流れを見ていきます。

実践プロセス— 迷走しない新規事業開発に向けて

ここまでに解説してきた分析方法、構想パターン、思考フレームを新規事業の立ち上げの実践プロセスに落とし込んだ手順と失敗例を紹介します。

実践手順:5つのステップ

STEP
現状分析の実施
  • 外部要因(PEST・5Forces・3C)
  • 内部要因(VRIO・バリューチェーン)
  • コア・コンピタンスの特定
STEP
展開方向の選択
  • 拡張・進化・創造の適性評価
  • 自社リソースとの整合性を確認
  • リスク・リターンの検討
STEP
思考法の選択・組み合わせ
  • 選択した展開方向に応じた思考法決定
  • デザイン思考・アート思考の使い分け
  • クリティカル思考による検証設計
STEP
3軸による評価
  • 成長性・実現性・独創性での総合判断
  • 各軸のバランス確認
  • 改善点の特定と対策
STEP
継続的改善
  • プロトタイピングと仮説検証
  • 市場フィードバックの収集
  • 戦略の柔軟な修正

よくある失敗パターンと対策

失敗パターン原因対策
アイデア偏重現状分析の不足STEP1の徹底実施
実現性の軽視思考の偏りバランスの取れた思考法の選択
市場ニーズ無視内向き思考デザイン思考でユーザー視点を強化
独創性の不足既存枠組み依存アート思考で前提の問い直し

おわりに

成功させる新規事業開発の立ち上げに向けて

新規事業開発を検討する際、やみくもにアイデアを出しても、筋の良い発想は簡単には生まれません。まず重要なのは、目指すべき方向と展開ルートの設定です


そのルート設定において方向を示す羅針盤の役割を果たすのが、本稿で紹介したデザイン思考とアート思考などを組み合わせた事業構想の思考フレームです。

初期段階でルート設定を誤れば、たとえ入念な分析や検証の準備を行っていても、最終的に構築されるビジネスモデルは的外れとなり、迷走し遭難するリスクは避けられません。

まずは、自社の現状や強みに照らし、どのような事業展開パターンに商機が見られるか、あるいは非連続な新たな価値創出へ踏み出せるかどうかを、思考フレームの視座から見定めることが重要です。


そこから具体的なシナリオや戦略フレームワークを駆使して、分析・検証を重ねることで、より確実に筋の通った新規事業構想へと導くことができます。

総括:新規事業の立ち上げで迷走しないために

現状把握が全ての出発点

  • 外部・内部要因の客観的分析
  • コア・コンピタンスの明確化
  • フレームワークは手段であり目的ではない

展開方向の戦略的選択

  • 拡張・進化・創造の特性理解
  • 自社リソースとの適合性重視
  • 連続性・非連続性価値の使い分け

思考フレームの適切な組み合わせ

  • デザイン思考とアート思考の特徴を理解して活用
  • クリティカル思考による検証で補完
  • 状況に応じた柔軟な使い分け

3軸による総合評価

  • 成長性・実現性・独創性のバランス
  • 客観的データと創造的発想の融合
  • 継続的な改善による精度向上

参考文献

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