提案活動は、営業活動において多くの時間と労力を要します。特に競合プレゼンは、自社の威信に関わる公式試合。クライアントの立場からは選択肢の中から最適な問題解決策を選定する商取引ではあります。これまでプリセールスエンジニアとしても競合プレゼンを数多く経験する中、受注にたどり着く経験の中で気付いた、プリセールスとデザイン思考のアプローチにおける類似性と活用方法を紹介します。
提案までの主な5ステップ
一般的な提案までの流れ
まずはコンペ案件において、プレゼンテーションまでの一般的な5ステップを確認します。
担当営業が初めてクライアント側からコンペ案件を確認。
社内に戻り提案内容に合わせた主要メンバーを探す。
提案チームのキーパーソンを中心に、提案の戦略ポイントや方向性を社内で精査。
分担役割を明確にして各提案書・見積のパーツを作成。
進行手順や登壇者の確認、また、クライアントの参加者や人数においてどの様に内容を伝えるか、プロジエクター利用可能か、紙の書類が必要か、登壇時間、競合との順番など、プレゼンの演出スタイルを確認。
競合コンペの失注パターン
漠然とした内容をそのまま社内に持ち帰る。提案要件(範囲)が曖昧。
誰を招集していいか分かりかね、数日、話しを寝かした状態で社内の手の空いている人間に突然、話しをすすめる。提案までの時間が少なく慌てる。とりあえず有り物の社内資料を集めて体裁を整える。(営業的に、提案を断る判断は論外。)
情報精査の時間が無い状況下、課題の深層も分からない中で休日返上で提案書と見積作成に奔走。とりあえず提案の体裁を取るだけで提案内容の深掘りをする時間が取れずに終了。
上記のようなその場しのぎの提案作成では、受注の可能性が下がるどころか社内の人的リソースを逼迫させ、チーム内の信頼関係までに影響が及びます。このような消化試合の提案活動から抜け出すには、初動の情報精査が重要な鍵となります。
プレゼンに勝つため情報戦術
初動の情報整理で6割以上の結果が決まる
デザイン関連のコンペであれ、IT関連の競合プレゼン、または官公庁の入札案件でも、クライアント側は取引の透明性とより良いアイデアを募るために業者にコンペを依頼します。IT関連の場合は特に予算規模も大きく、クライアント側の担当者も事前に提案における依頼内容や背景/目的をまとめた提案依頼要項である通称、RFP:Request For Proposalを書面化して配布します。特に外資系企業はこの書面の内部ルール化を行い承認を取ってから各業者に個別に伝達したり、合同説明会などを設けます。
国内企業でもRFPを書面で準備する企業も増えて来ましたが、口頭伝達で済ませる状況も、予算にもよりますが特にグラフィックデザイン関連のコンペ案件の場合は多くあります。時間や情報の制約がある場合こそ、初動の情報整理が勝敗に大きく影響することを経験から学んできました。
競合コンペとは、敵に打ち勝つための「情報戦」と言えます。入口の情報が混沌としていれば、出口となる提案が更に混乱することは目に見えています。つまり、初動で勝敗の半分以上(6割)が決まると言っても過言ではありません。そこで初動で情報収集で深層の課題を発見し、解決すべくアイデアを生み出すデザイン思考のアプローチを参考にし、具体的な対策を解説していきます。
課題解決としてのデザイン思考のアプローチ活用
“デザイン思考を再考する”で解説した課題の発見・解決に導く5ステップである、1.共感、2.問題定義、3.アイデア創出、4.試作の制作、5.実験のステップは、プレゼン準備とStep4の試作の制作(アイデアの具現化)までは類似しています。それは、クライアントの課題解決のためのアイデア創出という目的が同じだからと言えます。それではその初動の情報整理に当たる「共感」と「問題定義」に焦点を合わせて解説していきます。
“共感”から要件の深層要求の探索
まずはクライアント側の課題を整理していきます。RFPなどが出ている場合でも、文面の背景にある課題の意図や真意を見出し、独自の視点を付加した提案に繋げるため、そのクライアント担当者と決裁者との距離感、所属する部署、社内での役割などのクライアント内部の環境要因や、担当者の性格などの内的要因も知り得る範囲で観察、情報収集します。この部分は担当営業とクライアントとの親密さにもより、新しい担当営業だとクライアント情報が入手困難な場合も有ります。
そのような場合でも、ネットやSNS検索でクライアント担当者の情報は、入手出来る場合があります。このように、個人レベル、所属部署レベル、そして組織レベルなどのレーヤーに分けて課題を分析していきます。ポイントは、クライアント側の組織環境や担当者レベルからの観察・分析を含めた「共感」からプロジェクト全体課題の深掘りによる「深層要求」(=気付かれてない課題)の発見です。
理想はクライアント担当者に要件の背景など深層をインタビューし、案件に対する洞察を得られれば良いのですが、時間が無い場合はネット検索などで、担当者および、会社組織の参考情報を収集します。例)リンクドインの担当者の社歴、SNSの個別ネットワークで競合との繋がり度合い、会社のIR情報(決算短信やアニュアルレポート等)や組織改編、株価のアナリスト情報などをネットで収拾。ポイントは、担当者レベルと組織レベル視点での二軸で課題を再整理することで、競合他社と異なる付加価値提案が可能になり、差別化が形成されます。
当事者も見誤る問題の本質を推論する
RFPや初回のコンペ要件のメモから伝わることは、あくまで最低限の情報です。また、クライアント担当者の提示した提案要件は、必ずしも問題の本質で無い可能性もあります。それを念頭にしつつ、クライアントの構えているミットに投球するにおいても、カーブやスローボールなど球筋を変えて投げる事で提案の配球に差別化を図ることが出来ます。つまり競合コンペとは、変化ある配球の勝負とも言えます。共感から導き出した洞察に沿った課題を整理し、その問題を取り巻く状況も含めた環境(=ビジネス文脈など)で問題を再定義します。
特にクライアントが見落としている盲点などが見つかれば、提案内容が他社よりも有益な情報=価値となり得ます。具体的な例では、WEBアプリのUI改善提案のお題に対して、セキュリティ面の向上や運用面で自動化できる仕組みが可能となる付加価値の提案などを含めることで単なる顧客満足の課題だけでなく運用面の効率性や安全性により、顧客生涯価値(Lifetime value)を安定させることで利益構造の改善にも繋げる提案など。このビジネス要件を再解釈する上で、周辺の様々な文脈を把握することがすなわち付加価値を生み出すための手段ともなるのです。
奇をてらう提案が目的でなく、あくまでクライアントの問題を違う角度(=視点)からも検証し、提案要件の死角や見落としなどの盲点を発見する事が、競合プレゼンにおいて他社よりも抜きん出る提案に繋げられます。このように視点に変化を設け新たなアイデアに繋げることは、デザイン思考で利用する特徴の一つでもあります。
まとめ:付加価値ある提案にする情報整理
プレゼンテーションにおいては、時間の制約がある中、提案内容(アイデアの具現化)の捻出に一番、時間を割きたい気持ちが先走ります。しかし、初動の要件整理・理解がしっかり出来てないことで、結局、クライアントの意向からも外れた提案やありきたりな提案で失注してしまうことがよく起こりえます。有効なポイントとして、可能な限りクライアント側の内部状況の情報も収集し提案内容の検討材料にすることです。
「情報精査なくして提案することは、闇夜でキャッチボールをやるようなもの。クライアントの構えてるところを見極め、かつ他社に無い球筋の配球(=提案)を試みる」。もちろん、出来レースのプレゼンも有りますが、クライアント社内における“他社の進行具合”いなどを普段から意識して観察・情報収集していれば気付けることもあります。
今回はデザイン思考の初動プロセスの「共感」と「問題定義」を軸に、プリセールスにおける情報収集ポイントを解説しました。今後もプレゼなどに関するテクニックを創造的な思考法を通して解説していきます。
- 初動の情報収拾、整理で勝敗の6割が決まると心得る
- クライアント側のまとめた要件は、課題解決における氷山の一角の可能性あり
- 担当者や、所属部署、組織全体などの複数視点や視座を変えて「深層要求」を捉える
- 提案要件に関わる周辺の文脈も見捉える事で付加価値を生み出す工夫
- 死角となる問題点を発見し提案に含めることで競合と差別化を図る