デザイン思考に関する情報は、オンライン上でいつでも簡単に入手できるほど多くの記事が配信されてきました。デザイン思考の基本の解説や活用事例も多く触れることができます。
海外を中心に派生した考えであるため翻訳が不十分であったり独自の解釈やカタカナ用語をそのまま利用している場合に意味が掴みつらい内容もあります。
デザイン思考の場合、「マインドセット」などの用語や「0から1を生み出す手法」などのキャッチーな言い回しで紹介されているケースがあります。
デザイン思考の本質が読み取りづらい表現や解説などを今一度、見直してデザイン思考に関するモヤモヤを整理していきます。
神話1.“デザイン思考”とは思考法なの?
まずは”デザイン思考”は、デザイナーのデザイン工程を認知心理学などを活用して体系化したもので、各ステップの作業項目自体は、特に目新しいものではありません。
例えば、課題設定を行うための”共感”ステージやその後の”問題再定義”なども対象者を観察しながら客観的な事実を収集する行為や、更に問題の深層を掘り下げていく行為も従来のクリティカル思考やラテラル思考などユーザー分析のために定点観測を行い固定概念を取り除く流れと基本は大差はありません。
ラテラル思考とは、ロジカル思考の問題解決に向けて論理の垂直的な道筋で一つ結論を見出す思考に対して、思考の幅を水平的にさまざまな視点から前提条件なども含めて検証する思考法です。
その特徴は、アイデアの制限を取り払い発想を飛躍させて創造的で多様な結論を導く事です。アート思考のアイデアを着想する思考との親和性が高い。
また、問題の解決策を出し合いアイデアを押し広げる”創造”ステージでは、アナロジー思考や仮説設定などで多角的な観点で思考の飛躍を試む行為とも繋がります。
“○○思考”と言われている多くは、発想を促す型(思考の作法、または思考の型である”フレームワーク”)であり、それぞれ異なる特徴があります。
デザイン思考は、”思考”と名付けられているが故に頭の中の情報整理や考える技術として注力されがちですが、試作(プロトタイプ)や言語化など、発想を具現化させ気付きをもたらす実験的行為と考えます。
米国のデザイン思考を実践してきた有名なデザインファームであるIDEOでデザイナーとして従事していた、深澤直人氏のインタビュー記事でも以下のように表現されています。
「思考」という言葉から日本人は「考えること」だと思い込んでしまいますが、デザイン思考は頭で考えるものではなく、全身で体感して「気づくもの」です。
“参考外部サイト:日本の「デザイン思考」は誤解だらけ” pwc Value Navigatorより
つまり、「思考」という言葉で異なる先入観が生まれチームで考えるためのブレスト技術だと思われがちです。しかし、デザイン思考が他の思考技術と大きく異なる特徴は、頭で考えながらも共感マップ設定やジャーニーマップ、プロトタイプなど、アイデアを言語化や視覚化などで具現化させながらチーム内でアイデアを共有しながら思考を活性化させるための「気づき」の学習手段と考えます。
デザイン思考を実践するにあたり、既存の手法を活用し実験を繰り返して目に見える形に問題解決を具現化するのが特徴の一つ。
神話2.“デザイン思考は、マインドセットである”の真意
「デザイン思考とは、マインドセットである」という表現は、デザイン思考の特徴を語るうえで初期に目にする一節です。これは、デザイン思考を体系立てたIDEO社の原文表現(英文)の一部を抜き出し記載されたものです。
原文を読んでみると意図は理解できるのですが、この一文だけを見せられると、「マインドセット」という言葉がひとによっては解釈が曖昧で、意図を掴みつらくさせている原因ではないかと推測します。
マインドセットとは?
英和辞書などでは「マインドセット」の一般的な翻訳として「思考態度(考え方、姿勢)」などが挙げられ、補足でものの見方や考え方とも説明が施されてています。ビジネスシーンなどの文脈では「心構え(=価値観)」という意味で使われます。
マインドセットの例を挙げると、コップに水が半分入っている状態が目の前にある場合、「まだ半分も水がある」と捉えるか「半分しか水が残ってない」と見方によって解釈はことなります。この、ものの捉え方となる心構えや価値観がマインドセットの真意と考えます。
「デザイン思考」マインドセットの4つの観点
それでは、IDEOが提唱しているデザイン思考の基本概念であるマインドセットとは、以下の4つの観点が原文に記載されています。
- 人を中心に捉える:Human-Centered
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デザイン思考の起点となる、ひとの動機や洞察を深く理解し共感する姿勢
- 共創による多彩な観点:Collaborative
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複数観点で思考を補強する
- 前向きに捉える楽観主義:Optimistics
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どのような制約条件でも創造的な変革は起こせるデザイン思考の基本信念
- 実験的な経験からの学び:Experimental
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失敗も糧にし反復的に学びを重ねて大胆な変革を生み出す
特に最後の“Experimental”にあるように、実験から学ぶという姿勢(=マインドセット)は、デザイン思考を理解する上で重要な要素であると感じます。
これは、デザイン思考とは机上の理論や研究でなく、行動から学習し最適の解を導くことがデザイン思考の特徴であると、以下の一文からも窺えます。
Design Thinking is all about learning by doing.
参照:IDEOー“DESIGN THINKING FOR EDUCATORS 2ND EDITION” P11.より
4つの観点で構成されたデザイン思考のマインドセットとは、チーム作業がブレないために、そして、独創的な着想に飛躍させるための基本指針であり、ものの捉え方こそが重要であるという意図で”Design Thinking is mindset “という一文に言い表していると考えられます。
神話3.アイデアを生む「0→1論点」整理
最後に「0から1を生み出す思考法」という、デザイン思考・アート思考などを云い表すキャッチコピーを書籍の帯などによく目にします。確かに今までにない発想を最終的にデザインとして形作るという意味では、結果的にそう表現できるかもしれません。
しかし、ひとの思考は個の内面からふと湧き上がるインスピレーションだけで成り立つというものでは無いと考えます。そもそも新しいアイデアの「新しい」という言葉をどう解釈するかの問題でもあると考えます。
加藤昌治氏の著書『考具』 では、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもないー“アイデアのヒント”(ジャック・フォスター著)」を引用し、ゼロから生まれるアイデアが滅多に出てくるのもではなく、心を気楽に保つ事の重要性を説いています。
マーケティングキャンペーンのプランニングに携わっていた時など、アイデアを捻出するための基本の姿勢として気負う気持ちを落ち着かせてくれる言葉でもありました。
また、佐々木康裕氏の著書『感性思考』 では以下の様に、一部の天才によるひらめきのようなセンスは不要である旨を伝えています。
更に、外山滋比古の著書『思考の整理学』 では、以下のように発想における解説が施されています。
既存の事象を丁寧に観察したり、意識して情報を蓄えそれらが化合して新たな発想に結びつく意味で、デザイン思考などの実験から導き出す気付きの工程は、無意識(いわゆるゼロの状態) から大発明を求めるという意図ではなく、繰り返す実験結果からアイデアを捻出する行為と言えるのではないかと感じます。
つまり、新規性を謳うための広告的な意味合いとして、「0−>1」という表現がもてはやされているのかもしれませんが、過剰な期待や誤解を招き本質の理解を妨げているのではないかと感じます。
特に創造過程である“IDEATION”(アイデア形成)では、発散させるステージでは無意識に高いハードルが生じてアイデア出しの阻害要因に成ることも考えられます。
特に、ワークショップを開催して、アイデア出しで参加者同士が膠着した雰囲気になるのをよく目にします。
何か大発明を起こせる魔法の杖のごとく、「0->1発想方」に過剰な期待を感じますが、むしろ“謎解きゲーム”のように既存のヒントをつなぎ合わせてアイデアを飛躍させながら問題を解くことがデザイン思考の醍醐味とも考えられます。
問題解決の手段として新規性だけに意識が向いてしまうと本来の課題の設定を誤る危険性も出て注意が必要となります。
まとめ
方法論で終わらせない「拡張する心構え」
デザイン思考に限らず、海外の理論や思考ツールは原文の用語がそのままカタカナ用語として使われ分かった気分になりがちですが、誤解の危険性もはらんでいます。
無料の翻訳サービスもあるので腹落ちしない場合は、原本となる一次情報をネット検索して確認してみることをお薦めします。
もちろん、デザイン思考における新たな解釈や多様な意見などもあってしかり。情報過多で逆に混沌とすることもありますが、オリジナルを基に自分の目的に即した小規模な部分から試して行くやり方もあります。
また、日本古来の物事を突き詰めて取得する工程で、華道や武道など「道」を究める過程を表す「守・破・離」があります。それになぞると、基本型を正しく理解した上で(守)、ある程度、理解が深まったら敢えて異なる考えも学び視野を拡げ思考の幅をもたせつつ(破)、独自の様式に辿り着く(離)ことが物事の理解を深めて知識を極める流れとも重なります。
今回は、デザイン思考の基本概念を再考しながらその本質を探究してきました。今後は、応用に向けたデザイン思考を遂行する上で気をつけるべきポイント(チーム構築やプロセス偏重の注意点)なども随時、取り上げて行く予定です。
- 机上の思考法ではなく、実験を繰り返し学びからアイデアを磨き上げ具現化する発想の手段
- デザイン思考は手法論だけでなく、アイデアを導くための心構え=マインドセットが重要
- 無から大発明を意識するのでなく、事象を注意深く観察・理解し知識を化合して発想の飛躍を目指す
参考文献
- 加藤 昌治 「考具」 CCCメディアハウス 2003年
- 佐々木 康裕 「感性思考」 SBクリエイティブ 2020年
- 外山 滋比古「思考の整理学」 筑摩書房 1986年
- pwc Value navigator “深澤直人氏×野口功一×安藤緑鼎談 日本の「デザイン思考」は誤解だらけ” 閲覧日:2020年11月10日
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